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怪奇事件縁側日記「地下牢の天使」16
お久しぶりです。

とってもお久しぶりです。

同人誌やら寄稿原稿やらゲームやらにかまけてこの体たらくであります。

そんなわけで舞い戻ってまいりました。よろしくお願いいたします。

今回は前回の続き。もうそろそろ話を進めたいところですが、さて。
では、どうぞ。

怪奇事件縁側日記

夏・2『地下牢の天使』
剛野淳史に染みついた水の匂い。その水の出どころは、彼の発見から二日が過ぎてもはっきりしなかった。菊花学園の関係者が使えると思しき水回りはプール、水飲み場、手洗い場、トイレであるが、黴臭い、水っぽい生臭さはいずれの場所の水も持ち合わせていない。淳史の証言通り、彼が講堂をフラフラと歩いていて拉致されたのだとしても、講堂にはそんな臭いの場所はない。何よりも、淳史が教室を出て以降彼を見た者はいないからだ。病院に行くと言っていたのはクラス中が覚えているが、病院に行った形跡もない。
そうして淳史事件の4、5日後頃から、菊花学園の生徒たちの間で、こんなうわさがまことしやかにささやかれ始めた。

『菊花学園には怪人(ファントム)が住んでいる。剛野淳史は、菊花学園の怪人(ファントム)を愚弄したせいで水に引き込まれた』

何処の水か、ファントムとはなにかすらわからない噂。けれどもその噂が囁かれ始めてから、目に見えて挙動がおかしくなった人物がいた。
クリスティーヌ……来栖恵蓮である。
素より大人しくて儚げだった彼女は、誰の目から見ても分かるようにいつも何かに怯え、耐え切れなくなると休み時間になるのを待って何処かへ走り去ってしまう。おまけに教室を脱走しないときの彼女にはいつも1人の男子生徒……讃岐時生がまるで姫君を守る騎士のように張り付いているようになった。
「ねぇ、来栖さん、大丈夫かな」
明日華が先ほども走り去ってしまった恵蓮の席を眺めながら感情が乗るとも乗らないともつかぬ声で心配する。涼香も恵蓮の挙動は不思議に思っていた。
「大丈夫ならいいけど」
「ファントムと何かあったのかしらね」
唯奈が首を傾げる。来栖恵蓮はどのようなものかは分からないにせよ、ファントムとつながりがある。それはクラス中の公然の秘密であり、隠しておきたい事実であった。
今更演目の変更はできない。しかし、『オペラ座の怪人』を演目とするクラスがファントムの呪いを受けたなんて噂が立ってしまったら、誰も客が来なくなってしまう。そうでなくとも春から菊花学園は異常な事件が……魔女の鏡然り、鶴姫然り、水面下でまことしやかにささやかれている『菊花学園七不思議』が現実のものとなるような事件が起こっているのだ。受験生が減ってもおかしくないし、悪い噂が立って……例えば『呪われた学校』として一部のマニアの間で名所として祭り上げられれば、生徒も学校側も、なによりPTAが不愉快になるだけだろう。だから学園祭準備中の不幸な事故として片づけるほかないのだが、そのためには2年B組全体が黙秘を決め込む必要があった。それだけで済むものかどうかは分からないが。
菊花学園の事情はともかく、そこまで被害を出してくれているファントムという存在は、黙秘を決め込んでいるせいか否か、いまだにどんな存在かもよく分かっていなかった。
「そもそもなんでファントムなのかしら」
「……ね」
行き掛けにコンビニで買ったグミをもしゃもしゃと齧りながら、明日華が涼香の疑問に頷いた。
「講堂の下に住んでるから、とか?」
「でも仮面被ってないかもしれないじゃない?」
「そうねぇ……」
「でも、ファントムって名乗っておけば仮面の代わりにはなるんじゃない?」
ほとんど抑揚のない声で唯奈が呟く。
「仮面の代わり、か……」
「顔じゃなくて存在を隠す……ってことね」
「存在を隠さなきゃいけない存在がファントムってこと?」
「う~ん……」
なんだかちがうような、あってるような、と優が考え込んだ。
「存在を隠さなきゃいけない存在、か」
「あれ」
気怠そうにまだグミを齧っていた明日華が不意に声を上げた。
「ところで、クリスティーの旦那さんの名字って、何?」



「クリスティーの旦那さんの名字って何?」
その問いに、涼香はどう答えたらいいか分からなかった。
正確には、知らなかったのだ。
涼香だけではない。
明日華を含めて唯奈も優も、クリスティーと喫茶店で会っていた誰もが彼の名字を知らない。彼の人は詩原と名乗っていたけれども、妻であるクリスティー……美歌子の姓を名乗っているとすれば元の姓は十二分に違うと言えるだろう。
では、妻の姓を名乗っているとして、彼の元の姓は?
『そこで七不思議が出て来るんじゃないかな』
悩めるナズナにそう言ったのは、電波の貴公子……ブルームーンだった。
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