こんばんは。今年は花粉の量が多いとかで、私も花粉症です。目がかゆい……。
そんなわけで、続きです。
怪奇事件縁側日記 夏・2
『地下牢の天使』
そんなわけで、続きです。
怪奇事件縁側日記 夏・2
『地下牢の天使』
「クリスティーヌになりたかった」
彼女はそう言って涙を流した。気の強い彼女が、実は高飛車なふりをして生きていることを彼は知っていた。浴びせられる称賛を当然のような顔をして受け取っていながら、その実称賛に値する実力を示したいともがいていたことを知っている。
(だから、許せなかったんだ)
あの日、彼女がクリスティーヌからカルロッタへと変わってしまった日、新しいクリスティーヌには音楽の天使がついていることを知ってしまった。
(あいつが……来栖が、そんな卑怯なこと出来るわけないとは思ってた。でも、どうしても舞子にクリスティーヌを歌わせたかった)
朝倉舞子は彼の天使だった。幼馴染で、初恋の少女だった。歌が上手くて、クリスティーヌになりたいと願う彼女の横で、いつかファントムを歌えることを夢見て彼も必死に歌の練習を重ねた。ファントムになって彼女を舞台に立たせたかった。
だから、あの日、来栖恵蓮に酷い言葉を吐いた。
『私があんな酷いこと言ったから、罰が当たったんだわ。こんなことになるならあんな態度、とるんじゃなかった。どうしてもクリスティーヌを歌いたいからってあんなこと言って。カルロッタのほうがあってるとか言われて頭に血が上って、傷つけた』
あの日、舞子が恵蓮に吐いた言葉はひどいものだった。普段の彼ならば顔を顰めて止めていた。それをしなかったのは、どこかで自作自演だと思っていたかったからだ。歌姫として実績のある舞子よりも、ただの素人の恵蓮のほうが音楽の天使に認められているなんて間違っている、そう思っていたかったから。何より、スポットライトを一身に浴びて歌っている舞子を愛している自分を誇りたかったからだ。
(結局、)
彼は自分が一番可愛いだけの、矮小な人間だった。愛していると誓った少女一人守ることができなかった。落下するシャンデリアに足を傷つけられた彼女に手を伸ばしたのは、クラスメイトの藤野麻里紗だった。
(俺は、)
自分はと言えば足から真っ赤な血を流している舞子に近寄ることも声を掛けることもできず、ただただ立ちすくんでいただけだった。月河アサミが救急車を呼んで、病院で手術を受けて、舞子は今、足が元に戻るのを待っている。
(ファントムにはなれなかった)
愚痴を聞くことぐらいしかできない、一緒に歌うことすらできない人間だった。舞子の音楽の天使には到底なれない人間だった。そんなことを言ったら、きっと彼女はあの高飛車な態度で『私の許可なくそんなことを言うなんて許さないわ!』と怒鳴るのだろうか。
それとも、『あんたがファントムになろうとするなんて百年早いのよ!』と肯定してしまうだろうか。……かといって、苦境に立たされる彼女に寄り添い、心を揺さぶるラウルにもなれない。
夕闇が迫る。進む道も、戻る道も全て闇に飲み込まれていく。
見回せば辺りは闇に包まれていた。
「……?」
湿っぽい、黴の匂いがする。
「道に迷ったか……?」
確か自分は教室でクラスメイトに泣き言を零して、クラスメイトが帰った後に部活に顔を出して。それから舞子のところに行こうとして、こんなところに迷い込んだのか。
ここはどこだ。
わからない。
ただ、足を動かせば冷たいコンクリートの音がする。……冷たい?
今は夏だ。太陽の熱をたっぷり浴びたコンクリートが冷たいわけがない。夜半でもあるまいし。
では、ここは、どこだ?
前も後ろも分からない。真っ暗な湿っぽい場所に、彼は立たされていた。一人きりだ。当たり前だ、一人で舞子のところに行こうとしていたのだから。
(ああ、そうだ)
何の気なしに講堂に行ったら見慣れない扉があって、近道をしたくて扉をくぐったのだ。その結果がこれだろう。
ということは、ここはまだ菊花学園なのだろうか。
ならば、早く舞子のところへ行かなくては。帰らなくては。
そう思った時、ふと歌声が響くのを耳が聞き取った。
あれは確か、モーツァルトの、『夜の女王のアリア』。歌劇『魔笛』で、夜の女王が娘に歌う曲だ。どこで使われていたかは忘れてしまったが、ずいぶんと攻撃的な歌だったような気がする。
誰が歌っているのだろうか。
深入りしてはいけないと思いながら、歌声の主を探しに脚は動き出す。その足が止まったのは、鼻と口を布で押さえられたから。
「……!?」
声など出せようはずもない。
彼の意識はたちまち闇へと落ちてゆく。
「私はオペラ座の怪人……才も存在も認められず、一人世を呪いながら生きる、醜い存在。だからこそ……」
つづくことばは、ききとれなかった。
彼女はそう言って涙を流した。気の強い彼女が、実は高飛車なふりをして生きていることを彼は知っていた。浴びせられる称賛を当然のような顔をして受け取っていながら、その実称賛に値する実力を示したいともがいていたことを知っている。
(だから、許せなかったんだ)
あの日、彼女がクリスティーヌからカルロッタへと変わってしまった日、新しいクリスティーヌには音楽の天使がついていることを知ってしまった。
(あいつが……来栖が、そんな卑怯なこと出来るわけないとは思ってた。でも、どうしても舞子にクリスティーヌを歌わせたかった)
朝倉舞子は彼の天使だった。幼馴染で、初恋の少女だった。歌が上手くて、クリスティーヌになりたいと願う彼女の横で、いつかファントムを歌えることを夢見て彼も必死に歌の練習を重ねた。ファントムになって彼女を舞台に立たせたかった。
だから、あの日、来栖恵蓮に酷い言葉を吐いた。
『私があんな酷いこと言ったから、罰が当たったんだわ。こんなことになるならあんな態度、とるんじゃなかった。どうしてもクリスティーヌを歌いたいからってあんなこと言って。カルロッタのほうがあってるとか言われて頭に血が上って、傷つけた』
あの日、舞子が恵蓮に吐いた言葉はひどいものだった。普段の彼ならば顔を顰めて止めていた。それをしなかったのは、どこかで自作自演だと思っていたかったからだ。歌姫として実績のある舞子よりも、ただの素人の恵蓮のほうが音楽の天使に認められているなんて間違っている、そう思っていたかったから。何より、スポットライトを一身に浴びて歌っている舞子を愛している自分を誇りたかったからだ。
(結局、)
彼は自分が一番可愛いだけの、矮小な人間だった。愛していると誓った少女一人守ることができなかった。落下するシャンデリアに足を傷つけられた彼女に手を伸ばしたのは、クラスメイトの藤野麻里紗だった。
(俺は、)
自分はと言えば足から真っ赤な血を流している舞子に近寄ることも声を掛けることもできず、ただただ立ちすくんでいただけだった。月河アサミが救急車を呼んで、病院で手術を受けて、舞子は今、足が元に戻るのを待っている。
(ファントムにはなれなかった)
愚痴を聞くことぐらいしかできない、一緒に歌うことすらできない人間だった。舞子の音楽の天使には到底なれない人間だった。そんなことを言ったら、きっと彼女はあの高飛車な態度で『私の許可なくそんなことを言うなんて許さないわ!』と怒鳴るのだろうか。
それとも、『あんたがファントムになろうとするなんて百年早いのよ!』と肯定してしまうだろうか。……かといって、苦境に立たされる彼女に寄り添い、心を揺さぶるラウルにもなれない。
夕闇が迫る。進む道も、戻る道も全て闇に飲み込まれていく。
見回せば辺りは闇に包まれていた。
「……?」
湿っぽい、黴の匂いがする。
「道に迷ったか……?」
確か自分は教室でクラスメイトに泣き言を零して、クラスメイトが帰った後に部活に顔を出して。それから舞子のところに行こうとして、こんなところに迷い込んだのか。
ここはどこだ。
わからない。
ただ、足を動かせば冷たいコンクリートの音がする。……冷たい?
今は夏だ。太陽の熱をたっぷり浴びたコンクリートが冷たいわけがない。夜半でもあるまいし。
では、ここは、どこだ?
前も後ろも分からない。真っ暗な湿っぽい場所に、彼は立たされていた。一人きりだ。当たり前だ、一人で舞子のところに行こうとしていたのだから。
(ああ、そうだ)
何の気なしに講堂に行ったら見慣れない扉があって、近道をしたくて扉をくぐったのだ。その結果がこれだろう。
ということは、ここはまだ菊花学園なのだろうか。
ならば、早く舞子のところへ行かなくては。帰らなくては。
そう思った時、ふと歌声が響くのを耳が聞き取った。
あれは確か、モーツァルトの、『夜の女王のアリア』。歌劇『魔笛』で、夜の女王が娘に歌う曲だ。どこで使われていたかは忘れてしまったが、ずいぶんと攻撃的な歌だったような気がする。
誰が歌っているのだろうか。
深入りしてはいけないと思いながら、歌声の主を探しに脚は動き出す。その足が止まったのは、鼻と口を布で押さえられたから。
「……!?」
声など出せようはずもない。
彼の意識はたちまち闇へと落ちてゆく。
「私はオペラ座の怪人……才も存在も認められず、一人世を呪いながら生きる、醜い存在。だからこそ……」
つづくことばは、ききとれなかった。
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