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創作ブログ(旧『花待館』)です。 なお、当館内に掲載しております作品等については著作権を放棄しておりません。

怪奇事件縁側日記「地下牢の天使」5
前回の続きです。

では、どうぞ。

怪奇事件縁側日記 夏・2
「地下牢の天使」

スポットライトを消したのが照明器具を操っていた演劇部員だと誰もがわかっていた。恵蓮は悲しそうにため息をついて、息を吸い込んだ。そうして、歌声が流れ出た。
「ちゃんと聞くの、初めてだけど……これであの手紙っておかしくない?」
来栖恵蓮の歌声は、授業で聴いたもの以上に美しかった。柔らかく繊細な響きがひとつひとつの言葉を歌へと変えてゆく。彼女はいつの間にこんなに上達したのだろう。
「もしかしたら……本当にファントムかも」
淳史がふんと鼻を鳴らす。
「そんなバカなことがあるもんか。ファントムだって言うなら、なんで来栖を知ってるんだよ」
朝倉ならともかく、と彼は不満げに呟いた。
「剛野君が朝倉さんをクリスティーヌにしたいのはわかるし、確かに来栖さんとファントムがどういう仲なのかは気になるけど、それは……」
「室宮さんはあれが来栖さんの自演に見えないって言うの?」
舞子が険しい顔をする。
「自作自演に決まってるじゃない、裏工作で主役を射止めようっていったってムダなんだから!」
「涼香が言いたいのは、自作自演するんなら最初から立候補しないでしょ、ってことじゃない?」
後ろから肩を掴まれて舞子がびくりと跳ねた。呆れた顔をした明日華がそこに立っていた。
「まぁ、来栖さん目立たないからファントムがやきもきしてお節介しちゃったんでしょ?どんな関係にせよ、ね」
「あんたまで来栖さんの肩を持つの!?」
「自作自演には見えないし、朝倉さんはカルロッタの方が適任じゃない?」
何よ、と舞子が憤慨する。
「いいじゃない、カルロッタは最初から最後までプリマドンナなのよ?」
いつの間にやらそばに来た唯奈がにっこりと首を傾げる。
「それともいびられてびすびす泣いてるだけのクリスティーヌがあくまでもやりたいのかしら?」
「唯奈……?」
「唯奈ちゃん。それが世の中ってもんなのよ」
優がやっぱりにっこりと笑ってそう言った。


「オペラ座ってどんなところなのかしらね」
楽譜を指で繰りながら彼女が言った。
「とても綺麗なところさ。こんな暗い場所じゃなくて、明るい舞台の上で歌える……とても素敵なところだよ」
「もし歌える時が来たとして……。先生が聞いてくれるなら、私はこんなに嬉しいことはないわ」
先生が聞いてくれるなら。
その言葉は彼にとっては最も甘美な言葉だった。他の誰でもない自分に、彼女は歌を聴いてほしいと言ったのだ。
「オペラ座が今どうなっているかは知らないが、君が明るい舞台の上で歌える時が来たら、私はどんな手段を使ってでも君の歌を聴きに行くよ」
「先生……」
彼女が嬉しそうに頬を染めてはにかむ。その表情のなんと愛らしいことか。そんな表情を向けてもらえたのが嬉しくて、彼は繰り返した。
「君の歌は私が聞いてきた中でも一番美しい。たとえ私が今ここから出られなくても、君の歌を聴くためなら持てる力の全てを使って聴きに行こう」
「先生にそう言ってもらえるなら、私ずっと歌っていられるわ。……たとえ、今クリスティーヌ・ダーエを歌うことができなくても、コーラスガールのままでも、いつかプリマドンナになれる日が来るまで、ずっと歌っていられるわ」
だから、と彼女は彼を見つめる。
「その日までどうか、私に歌を教えて……先生」

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まとめ【怪奇事件縁側日記「地】
前回の続きです。では、どうぞ。怪奇事件縁側日記 夏・2「地下牢の天使」  [続きを読む]
まっとめBLOG速報 2012/10/28/Sun 16:14
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