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紅葉の散るときに

お久しぶりです。ぜんぜん更新できませんでした……。
そんなわけでサークルの作品集に出した原稿です。製作期間2週間ぐらい。
では、どうぞ。

紅葉の散るときに

紅葉の散るときに

紅葉が日の光を透かして、赤い影を地に落としている。少女はその赤い道をゆっくりと歩きながら、頭上に広がる赤さの眩しさに目を細めた。
少女は紅葉が好きだった。秋の日差しを透かして赤々と鮮やかに輝く様を見るのが好きだった。あの眩しいほどに鮮やかな赤は、自分にはもう決して似合わないと思っていたから、その赤を映す紅葉を愛しんでいた。
少女の住む村は数年前から流行病に侵されていた。少女が村に戻っても病のせいで澱み、沈みきった静寂が出迎えるだけだ。病に効く薬があるとは聞いたが、凶作のおかげで貧しいこの村に高い薬を買える金子などありはしない。
(いつになったら元に戻るのだろう)
少女はため息をついて自分の家の戸をくぐった。廊下を歩いて障子の締め切られた部屋の前で声を掛ける。
「父様、今戻りました」
「戻ったか」
「はい。熱に効く薬草を採ってきたので煎じてまいりますね。気休めかもしれませんが」
父親は力のないしゃがれた声でわかった、と答えた。少女にはそれが悲しかった。

薬草を煎じながら少女はため息をついた。少女の家に使用人はいない。この村の長である父親が病に倒れて少しの間は数人の使用人がいたのだが、それも家族が病に倒れたり病を恐れて村から逃げ出したりしてすっかりいなくなってしまった。凶作をおしてなんとか年貢米も収めたばかりであったのに祈祷のために僧侶や巫女を呼んだり、医者を呼んだりするうちに蔵の中身はもとより頼みの家財も無くなってしまった。もし流行病などなければこの貧しい村の若者たちは他の村に奉公に出かけただろう。娘たちは奉公なり身売りなりをして村を助けただろう。
けれども今、若者や娘たちは病に倒れ行く者たちの世話をしなければならない。父親も母親も病に倒れたからだ。病は子供や老人をはじめに襲い、ついで彼らの両親を襲った。いったん病に倒れれば、どれだけ世話をしても十数日で死んでゆく。少女はこの村で何人もそういう者たちを見てきた。
出来上がった薬湯を持って父親の部屋へ急ぐ。障子を開ければ痩せ衰え、もう何十歳も歳を取ったかのような父親の姿が見えた。
「父様、薬湯です」
「おお、すまないねぇ」
「いえ」
父親が薬湯を飲み干すのを眺めながら、少女はつぶやく。
「村の端に、紅葉があるのです。いつもこの季節は紅葉が美しいですが、今年は特に見事で」
父親は彼女の話を黙って聞いている。
「父様にも村の皆様にも、一度あの紅葉を見ていただきたいのです」

父親の部屋を出ると、少女は一目散に屋敷を飛び出した。脇目も振らずに走って走って、村のはずれでようやく目の前に鮮やかな紅葉の木を見つける。村のどの紅葉よりも鮮やかに赤い葉をつけるその木の幹に少女は縋り付いた。
「どうして今年も凶作なの……どうしてお薬が買えないの……どうして私は……どうすることもできないの」
村長の娘として、医者を呼んだり祈祷師を呼んだりと尽力はしてきた。けれども村は日に日に弱っていくばかりで効果などありはしない。村に薬が買えるだけの金子などもうあるはずもなく、そんな村に薬師など来るはずもなかった。それを思うと悲しみに胸を塞がれ、自然と涙が転がり落ちた。
「おまえの姿を見たら、父様もみんなも病は治らなくても元気になれるかしら」
気休めのようにそうつぶやいても、紅葉の木は何も答えない。そのことが余計に悲しくて、少女は声を上げて泣いた。
(おまえを見ると、私はいつも元気になれた。私がうんと小さいとき、おまえの葉のような赤い着物が着られたころ、私はおまえとお揃いの赤が嬉しくて毎日ここに来ていたわね)
少女がまだ幼かったころは流行病などに侵されていなかった。この紅葉の木の下で、村人とともに宴を開いていた。幼い彼女は一番好きな赤い着物と同じ色をした紅葉をあのころから好きだった。あのころはただただお揃いの色を纏うからというだけで好きだった。大きくなったら紅葉がもっと似合う娘になりたいと思っていた。
けれども、今は少女に赤い着物などありはしない。今の自分は看病に疲れ果て、少しずつ病に侵され始めている。そんなやつれた自分にどうして紅葉が似合おうか。
(私はあのとき、おまえによく似合う娘になると誓っていたわ。あれは私の本心だった。だけど、今はもう……こんなやつれた私がおまえに似合うはずもない。それでも、おまえが許してくれるのなら)
目を閉じても鮮やかな赤さは消えはしない。少女は嗚咽を堪えて深く息を吐いた。
(おまえを好きでいさせておくれ)

それから数十日、一人、また一人と村人が倒れてゆく。看病に疲れ果てた若者たちは、親たちが死んだ後にとうとう流行病に倒れた。疲弊と貧しい食事のせいで彼らの病状は親たちよりも重く、あっという間にこの世を去っていった。それを眺めるしかない誰もがこの村の死を予感していた。
少女の父親の容態が急変したのもこのころだった。流行病を得たにしてはずいぶん長い間もってくれたが、最近はまともな食事を取っていないことがいけなかったのだろう。濡れ布巾が数分で乾いてしまいそうな高熱に少女はつききりで看病した。けれども病状はよくならず、数日後に父親は息を引き取った。
「父様……父様」
張り裂けそうな悲しみをこらえて一人で父親の体を荷車に乗せ、村はずれの墓地へと運んでゆく。役目の担い手がいない今となっては穢れなど気にしてはいられない。一人きりで穴を掘って父親の亡骸を埋め、墓標を立てる。ついで隣の墓地で薪を削って作った父親の卒塔婆を立てた。
(父様……とうとう紅葉をお見せできなかった)
うつむきながら涙を堪えて屋敷へと戻る。死のにおいが漂う村には、もはや元気のある者などいない。数日で急に増えた、もはや帰ってくることのない主を待つ空っぽの家を見るにつけ、少女は自分ではどうすることもできない無力感と悲しみに襲われた。
(この村はもうおしまいなのかもしれない)
この村の者はついに全員病に倒れてしまった。年かさの者も子供もとうに死んでしまって、わずかな若い者しか残っていない。この村はそう遠くないうちに流行病で滅びるだろう。村から逃げ出した者ももうここへは戻ってこないだろう。
(せめて、逃げ出した人だけでもこの村のことを忘れないでほしいけれど……それは叶わないことなのかしら)
春の桜を見ながら、秋の紅葉を見ながら開いた宴を、豊作を祈って行った祭りを逃げ出したものたちに覚えていてほしかった。けれどもおそらく彼らの記憶には襲い来る病のおぞましい記憶のほうが鮮烈に残っているだろう。あの楽しかった記憶が忘れ去られてしまうと思うと心が乱れて、少女は病で気だるい体を引きずって屋敷を出た。
(紅葉のところに行かなくては。あの木だけでも、この村のことを忘れないでいてくれたら)

ようやくたどり着くと、紅葉は村に漂う死のにおいなどそ知らぬ風に相変わらず美しい赤に輝いていた。少女はいつものように幹にすがって語りかける。
「おまえは相変わらず綺麗でいるのね……おまえの下で宴を開いた人はもう亡くなっているのに」
ひらりと一枚、紅葉が葉を散らした。どこまでも赤い、美しい葉だ。それを拾い上げて少女は微笑んだ。
「もう、私もここには来られないかもしれないわ……村のみんなももう……おまえの美しい葉を見ることはないのね」
紅葉は何も答えない。
「だけど、おまえがこの村で開いた宴のことを忘れずにいてくれたら……それだけで嬉しいわ」
またひらりと一枚、紅葉が葉を散らした。それを拾い上げて、少女は思う。
(お前はもしかして、悲しんでくれているの?)
紅葉は何も、答えなかった。

少女の病は日に日に重くなった。重い体を引きずって、自身の看病をするものの、一向によくなる気がしない。わずかな食料を探しに無理をしているせいだろうか。
気がつけば村には少女以外の村人は生きていなかった。埋葬する者のいない身体は家の中に留め置かれ、放り出されたままだった。明るかった村が死のにおいに包まれてゆくことに、今となっては涙を流すことすらできない。少女はぼんやりと涙が枯れてしまったのだろうと考えた。
(もう……誰もいない)
ともに田植えをした乙女たちも、祭りのときに山の社から神輿を運んできた男たちも、井戸端で楽しそうに喋っていた女たちも、囲炉裏端で昔話をしてくれた老人たちももういない。みんなあの世とやらに召されてしまった。
(私たちがなにをしたというの。どうしてこんな目に会わなくてはならないの?)
悲しみのせいか病のせいか、胸の奥がちりちりと痛む。重くてたまらない身体を引きずって、床を出た。
(食べ物を探しに行かなくては)
ふらつく身体で屋敷を出る。歩きながら少女は考えた。
(もう、山の奥まで行かなければ何もないかしら)
少女の身体がもうそれほどの力など無いと訴えている。山奥までたどり着き、食べ物を手に入れたとしてもおそらくもう帰れないだろう。
(それなら……いっそ紅葉のそばに行こうか)
もはや自分の体に力が残っていないのならば、最期のときを一番好きな場所で過ごしたかった。

少女に残された力では紅葉のそばに行くだけで大仕事だった。何度も倒れ、そのたびに起き上がっては歩いた。よろよろと紅葉のそばにたどり着くと、少女は幹にもたれかかった。
「もう、おまえと会うことは無いでしょう……食べ物も尽きてしまったから、それほど力が出ないの」
紅葉の葉が一枚、ひらりと舞った。それは拾おうとした少女の手を逃れて緩やかに地面に舞い降りる。
「どうしたの……?」
少女がぼんやりとそちらに目を向けると、そこには小さな山葡萄が一房置いてあった。
「山葡萄……?」
旅人か獣が落として行ったのか、行者が何も無いよりはと供えて行ったのか。それはわからなかったが、少女は房から実をひとつとると口に含んだ。
「あぁ……甘くて、おいしい」
もうひとつ口に含むと少女は目頭が熱くなるのを感じた。
「おまえがくれた山葡萄、私も昔食べたことがあったけれど……おまえがくれたものだからこんなにおいしいのでしょうね」
紅葉は答えない。少女はかすかに微笑んだ。
「もう、みんな死んでしまったわ……おまえを見ることもできずに……こんなことなら、一枝もらっておけばよかったわね……そうすれば、みんなに見せることができたのに」
紅葉は何も答えない。けれども少女には、紅葉が何事かを思っているように思われた。
「ねえ……私はおまえに似合う娘にはなれなかったけれど……おまえのことが大好きだったわ。だから……最期のときをおまえとともに過ごすのが嬉しいの」
紅葉は何も答えない。少女の頬を一筋、涙が伝った。
「もし叶うなら、おまえの下で旅立ちたい……また会うことがあるならば、そのときはきっとおまえに似合いの、赤い着物の似合う娘になっているから」
少女は途切れそうな意識をつなぎ止めて、言葉を紡ぐ。
「紅葉よ……村の……私の死ぬ今日ばかりは……墨染めになって、悲しんでおくれ……」
それだけ言うと、少女はゆっくりとまぶたを閉じた。その体はもう動くことは無い。柔らかい声を紡ぐこともない。目を開けて、笑いかけることも、涙を流すことも無い。
はらりと紅葉の葉が一枚、舞った。鮮やかな赤い葉は少女の土に汚れた白い着物の上に舞い降りる。それを皮切りに、はらりはらりと紅葉がまるで少女の死を悲しむように、涙を流すように散ってゆく。やがて少女の着物が赤で覆いつくされるころ、紅葉の木に葉は一枚も残っていなかった。木の本で眠る少女はまるで赤い着物を着ているかのように着物の上が紅葉の葉で覆い尽くされている。その色はかつて少女が好んできていた着物の色だった。
赤い葉を全て落とした紅葉は静かに少女を見下ろしていた。赤い着物をまとった少女は病にやつれ、やせ細ってはいたもののかつての明るい面影をはっきりと残していた。葉の一枚も無くなった枝がそよ風に揺れると、少女に寄り添うかのように紅葉はゆっくりと枯れていった。
おわり
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テーマ : 自作小説 - ジャンル : 小説・文学

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紅崎姫都香

Author:紅崎姫都香
誕生日:4月28日
血液型:A
趣味:小説書き、イラスト描き、楽器演奏
年齢:23。
好きな物(漫画と小説):いろいろ。ツイッターと二次創作ブログでいろいろ書いてるのが好きです。
カップリングもいろいろです。二次創作してるのが主な萌え。
色々なネタで呟きます→@kurekito

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