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dal segno

昨日の「ひぐらしのつどい6」ではどうもありがとうございました。
そんなわけで随分前に書いた探偵日記の短編です。
では、どうぞ。

dal segno(ダル・セーニョ)

気付いてやれれば、と後悔することがある。
気付かなければ、と後悔することがある。
けれど、この気持ちだけはどちらに分類したらいいのかが全く分からない。
あまりに鮮やかな思い出にただ、戸惑うだけ。

きっかけは本当に小さなことだったのだ。
「え、ピアノを教えてほしい?」
幼なじみの少女がミルクティーをのみながら何気なく言ったことを聞き返す。
「うん。ピアノ。弾けるでしょ?」
「それはそうだけど、君だって弾けるでしょ?」
彼女は全くピアノが弾けないと言うわけではなく、僕のほうが専門的にやっていたから上手だった、というだけの話。それを指摘すると意味の分からない返答が返ってきた。
「私じゃダメなの。まだダメなの」
「ダメって……」
返事にどう返せばいいのか途方に暮れる。彼女はたまに突飛なことを言い出すから困りものだ。これで学校生活がうまく行っているのかははなはだ疑問があるのだが、お嫁の貰い手がなくなるということは無いだろう。
ピアノの件は、彼女が言い出したら聞かないのを知っていたから言いくるめるのを諦めた。
「いいけど、どんな心境の変化だい?」
そう問いかけると彼女は気まずそうに目をそらす。
「今までの実力で充分、とか言ってたでしょ?」
追い討ちを掛けてみる。目をそらした彼女はややあって口を開いた。
「……部活の子が」
「うん」
「ピアノ、上手くて」
「やってみたくなった?」
「うん。……メヌエットしか弾けないの、恥ずかしくて」
彼女はそう言えば吹奏楽部だったから、何か色々思う所があったのだろう。僕もそれは分かるからそう、と頷いて彼女の頭を撫でる。
「じゃあ、ちょっと弾いてみて」

僕の家には1台だけグランドピアノが置いてある。
家族が音楽家というわけではないから、弾き手は今まで僕だけだった。家を行き来していても、彼女が触るのはグランドピアノではなかったから。
けれど今、ピアノの前に座る彼女はまるで前からそれを弾いているように見えて、少し面白い。白い指がゆっくりと鍵盤に触れて、ピアノが歌い始めた。
ゆっくりと3拍子が響く。曲はバッハのメヌエット。
その曲から僕が受けるイメージは、スッと背筋を伸ばした少女。
まるでバレリーナのように頭からつま先まで柔らかく力を入れて立っている風景。その足がスッと前に出て、舞曲を踊り出す。その可憐な踊りは決して目立つものではないけれど、少女は軽やかに、楽しそうに踊り続ける。そしてリタルダンドと共にゆっくりとステップを踏んで、最後にスッと足を置く、その静かな終焉。
「はぁ……ねぇ、聴いてた?」
鍵盤から手を離した彼女がこちらに身を乗り出してくる。
「あ、うん、聴いてたよ。……相当お気に入りでしょ、これ」
「ん……そう、そうかもしれない」
「よく弾き込んでる。……で、次は何を弾きたいの?」
そう聞くと、彼女はうーん、と考え込んで、ソナチネ、と答えた。楽譜を譜面台に用意して鍵盤に手を置く。
そういえば昔、彼女にピアノを教えたことがあった。最初はずいぶん苦労したものだけれど、弾けるようになってくると楽しそうに弾いていたのを思い出した。
それをもう一度はじめから繰り返し。何か適当に歌を口ずさむように軽やかに。
「こういう曲なのね」
「曲自体はね。あとは味付け次第」
彼女はふぅん、と頷いてピアノに向かう。耳でメロディーを掴んだ彼女のソナチネは楽譜を初めて見るからか辿々しく、何回も弾き直しながら最後まで弾いてゆく。けれど、その顔はどこか楽しそうで……つられて僕まで笑顔になっていた。
「何よ、にやにやして」
「ううん、何でもないよ。それよりほら、もう一回最初から」
とんとん、とピアノ椅子の背を叩いて促す。なんか誤魔化された、とむくれながら彼女がピアノに向かう。
僕は彼女の後ろに回り込んで、彼女の手に被せるように鍵盤を押さえる。
躓いた所はカバーするように弾いて、それ以外はじっと見守っている。
そう言えば僕らの関係もそんなものだったなとぼんやりと思い出す。
彼女が躓けば僕は頭を撫でてやる。僕が躓けば彼女は背中を押してくれる。
それ以外は先を歩く僕の背中を見ながら、彼女はずっと歩いている。
少しでも速く歩いてしまったら彼女から離れてしまうから、僕はずっとこのまま歩いてゆく。
きっと彼女も同じ筈。
だから、この練習方法は好きじゃない。
そのことを気付かされてしまうから。
僕らは決して隣同士を歩くことは出来ない。
隣同士になるときはきっと、僕らが離れてしまう時。
気付いてしまえばそれは忘れようとすればするほど苦しくなるだけだから。
それなのに、曲が終わるのがあまりにも早すぎて、作曲家に文句を言いたくなってしまうから。
「ちょっと、手」
「……え?」
「最後、弾けない」
「あ、ごめん……」
けれど彼女の手に重ねた手は離れることが出来なくて、彼女の指が困ったように藻掻く。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないんだ……本当に」
少し冷たい彼女の手を握りながら、僕は困って心の中で舌打ちをした。

切っ掛けは本当に小さな事だった。
出来ればもう少し気付くのを早くしてくれれば、きっとあんな事にはならなかった。でも、遅くしてくれればとも思う。
出来れば気付いたのが例えば彼女の結婚式、とかなら綺麗さっぱり諦めて生きていくことも出来たのに。
一人きりの部屋で、僕はソナチネの楽譜を捲る。
もう、僕の部屋に彼女はいない。
残されたのは飲み差しのミルクティー。
ピアノのレッスンの前に振る舞った、最後の一杯。
走り書き。マーカー。
目を閉じて僕は鍵盤に触れた。
彼女のいないピアノ椅子の後ろに立ってソナチネの一番最初の鍵盤を押す。
「……もう一度最初から、か」
『最後、弾けない』
不満げな顔を思い出す。
その時の彼女の顔があまりにも鮮烈に脳裏に蘇って、胸を締め付ける感情のままに僕は彼女の名前を呼んだ。
「真由ちゃん……」
もう一度最初から一緒に弾けたらいいのに。
それは、僕らが離れる前の出来事だった。
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テーマ : 自作小説 - ジャンル : 小説・文学

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紅崎姫都香

Author:紅崎姫都香
誕生日:4月28日
血液型:A
趣味:小説書き、イラスト描き、楽器演奏
年齢:23。
好きな物(漫画と小説):いろいろ。ツイッターと二次創作ブログでいろいろ書いてるのが好きです。
カップリングもいろいろです。二次創作してるのが主な萌え。
色々なネタで呟きます→@kurekito

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