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創作ブログ(旧『花待館』)です。 なお、当館内に掲載しております作品等については著作権を放棄しておりません。

怪奇事件縁側日記「魔女の鏡」10
とうとう二桁に行きました。
今回は唯奈の独壇場です。
では、どうぞ。

怪奇事件縁側日記 春
「魔女の鏡」

携帯電話が鳴った。誰から?着信画面をろくに見ないで通話ボタンを押してしまったから誰が出るのか分からない。
「はい、もしもし」
『もしもし、私よ。今、暇かな?』
出れば見知った友人の柔らかい声。唯奈はほぅ、と息を吐く。休みの日はいつもは妹のところに遊びに行くか部活でどこかにボランティアに行っているのだが、あいにく部活は当分休みだ。暇、というわけではないが特別用事があるわけではない。
「時間はあるけど、何?」
『ほら、山岸哲弥失踪事件について。私ちょ~っと調べてみたの』
「え!?あ、ちょ、ちょっと待って!きゃあ!」
山岸哲弥失踪事件、と聞いてびっくりして携帯電話を取り落としてしまう。慌てて拾い上げ、机の上から適当な紙を拾い上げる。メモ代わりにすればいい。
『だ、大丈夫?唯奈ちゃん、なんかすごい音がしたけど』
「あ、うん、大丈夫。電話落としちゃって」
『もう、駄目だよ、落としちゃ。大丈夫なら言うね』
「うん」
『山岸哲弥は靴を履かずに失踪した』
「ど、どういう事!?」
『……私も調べてみる。でもここからは唯奈ちゃんの出番じゃない?』
ハッカー「白露」、と言われて唯奈の胸がドクリと跳ねた。
ハッカーと言ってもそんなに高度な技術を使っているわけではない。システムの制圧なんてできるはずはない。ただ、欲しい情報をちょいちょいと見せて頂くだけだ。
「な、何のこと?情報屋「ひよどり」……優だって、情報なら……」
そうだ。優は情報屋だ。唯奈が情報を提供することもあれば、いろんな方面を使って情報を得てくるときもある。今現在一番ログインしている掲示板の「flute」や「ブルームーン」よりは狭い範囲かもしれないが、それでもかなりの情報量だ。彼女が探りを入れれば良いのに。それなのに、優はぴしゃりと説き伏せた。
『手伝って欲しいの』
「え……」
『今行っている某掲示板。それぞれが何か持っているはずよ。情報を持っていて隠しているの。だから、それを割り出して。少なくとも「ブルームーン」は何か持っているわ』
「ちょっと……それってまさか」
昨日某掲示板にお邪魔して、ブルームーンとは誰かを聞いてきた。唯奈の、いや、ハッカー「白露」としての勘が警鐘を鳴らす。聞いただけだと、電波に見せかけた底の知れない人間だ。そして、そのブルームーンの話が出てくると必ず登場する「ナズナ」という人物。
「まさか、「ナズナ」のことも……?」
『そう』
もし「ナズナ」がブルームーンの共犯者だったとしたら?掲示板に一切顔を出さないのはブルームーンに情報屋として交流させ、自分は裏で情報を集める類の人間だったら?
――気づかれたら、まずい!
これはハイリスク・ハイリターンの賭けだ。「ナズナ」がブルームーンにとってどんな役割かは知らない。けれど、最悪の想像があたっていたとしたら、今度はこちらがハッキングされる可能性がある。ばれないようにサイトの中身を見せて頂かなくてはならない。
『唯奈ちゃん、「ナズナ」はなにも「ブルームーン」だけの味方って保証はないと思うわ』
静かにそう言われて、はっと気づく。山岸哲弥失踪事件、の岸の字で止まったままのシャープペンシルを握った右手はじっとりと汗ばんでいた。
「あ……そっか、「flute」と、っていうこともあるわね」
そうだ。そうだった。
話題の「ナズナ」が出てくるのは何もブルームーンだけではない。情報屋のfluteもよく知っているようだった。
出来るだけ家の力は借りたくない。それだけでぐるぐると頭の中が回っていたが、サイトの中身をちょっとだけ拝見して帰るだけなら、家の力を借りなくても良さそうだ。
『そうよ。慌てないで。今日は私、家から出られないから何かあったらすぐに抜けてくるのよ』
「了解」
通話を切って、パソコンを立ち上げる。
「よし……行くわよ」
唯奈は普段はドジを踏みやすい。だから家の者がしょっちゅうそこをカバーしてくれる。これでは跡取りとしてはふさわしくなさそうだが、それはこれから改善していく、予定だ。
だが、インターネットの世界では家の者にカバーして貰うわけにはいかない。ミスをしないようにしなくては。
まず、ブルームーンのサイトを突き止めなくてはならない。
ハンドルネームを検索に突っ込んで探す。
キーボードをカタカタと操作し、ハッキング用のタグを打ち込んでいく。
元々ハッキングとは情報を頂戴する行為のことではなく、パソコンを解析し、プログラムを改造する事を指す。それが何時の間にやら転じて悪意を持って他人のコンピュータシステムに侵入することを指すようになってしまった。ちなみに本来は他人の個人情報を盗むことはクラッキングと言う。どっちも立派な犯罪だ。
少々残念ではあるが、仕方がないことだと割り切るしかない。自分もクラッカーであり、ハッカーなのだから。
それはそうとして、今回の情報入手は慎重に行わなければならない。もしかしたら相手に気づかれるか、それ以前に悪いウィルスにあたるかもしれない。
怖い。
怖い。
怖い……!
キーボードに触れた指がカタカタと震えるのが分かる。慎重に行わなければならないはずなのに、得体の知れない情報屋1人の前に「白露」はこんなにも無力だった。メールアドレスを見ないようにしていても、見えてしまう。それだけならまだいい。
掲示板に「ナズナ」なる人物が来ていたのは、ほんの数回だった。そしてその人物はブルームーンの言葉遊びに冷静に感想を述べている。
『あまり遊びすぎると、自分の言葉の真意が見えなくなりますよ』
唯奈の背筋を冷たいものが滑り落ちる。まるで鋭利な刃物で抉るように、軽口を繰り返すあの情報屋を一刀両断している。さらに恐ろしいのは、情報屋が冷めることなく、いや、むしろ熱くなるように「ナズナ」に入れ込んでいっていることだった。
けれど、たった数回そんなことがあったというのに、ここ数日はぱったりと足跡が途絶えている。管理画面に侵入して、隠し部屋を探ってみる。
――……え、嘘、待ってよ、そんな、そんな事って……!?
ナズナと話をしているはずの隠し部屋のチャットルームなんて洒落たものは、無かった。
今までの更新履歴を見ても、そんなものは無い。
ブルームーンからナズナに向かって確実に示されたはずの隠し部屋だけがなかった。
『宵闇に紛れて、野に咲く姫君を摘みに行ってきます』
ブルームーンの日記の台詞の一部分に書かれていた言葉も、焦ってしまった唯奈にはよく分からない。
「対策はばっちり、ってことなのね……」
――絶対「ナズナ」のプロフィールも洗ってやるんだから!
一応入手できたブルームーンの個人情報をコピーペーストしながら唯奈は心に固く誓った。
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