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創作ブログ(旧『花待館』)です。 なお、当館内に掲載しております作品等については著作権を放棄しておりません。

怪奇事件縁側日記「魔女の鏡」7
ごめんなさい。
「誘絵巻」でご覧になった方はお分かりかと思いますが、前回UPした分より前のところがごっそり抜けてました。深くお詫び致します。
というわけで、こちらが正規の7話分になります。
では、どうぞ。

怪奇事件縁側日記 春
「魔女の鏡」


「ナズナとブルームーンの関係、ね」
明日華は1人呟く。椅子から立ってベッドに倒れ込む。柔らかい布団の感触になんだか切なくなって彼女は顔を枕にすりつけた。
明日華の家は琴の家元だ。母は何人も弟子を抱える身で、明日華も小さい頃から琴を習っていた。琴、と言っても古典に出てくるような和琴や琴(きん)ではなく、現在最もメジャーな筝(こと)のことだ。一から巾まで13弦あるアレである。それ以外にも護身術を習わされた。
正直に言うと今の彼女の生活は家にいること自体が苦痛である。お嬢さん、と弟子達から呼ばれ、顔をつき合わせるのも嫌な男から言葉をかけられる。インターネットの世界以外で彼女が正気を保っていられる自信がない。本当は笑うことすら金属的疲労を覚える。
「どうせ何でもないんだろうけど……いいなぁ」
明日華にとってブルームーンは情報屋という存在以外の何でもない。おそらくナズナ……涼香にとってもそれは変わらないだろう。しかし、相手にとってはどうか。明日華の存在などそれこそただの情報屋だろうが、ブルームーンが話すナズナの話は親密が過ぎる。
涼香とは小さい頃からの付き合いだから、却って心配だ。
人間嫌いの彼女のことだから信用ならない男の甘言に誑かされることはないだろうけれど、信用してしまっていたら?
もしもブルームーンが室宮家の悪夢の再来を招く存在だとしたら、今度は彼女自身の破滅を導きかねない。涼香を守る盾はもう無い。そして、唯一彼女の友達である……いや、あった自分は(涼香は本日2人友達が出来た。もう神城明日華は涼香の唯一の友達ではなく、友達の1人だ)……昔ならともかく、今は盾になるほどの強さがない。ただの脆弱な木の板みたいなものだ。
強靱な鋼の盾であれたはずの自分が、いつからそんなに脆弱な存在に成り下がったのか、明日華には容易に想像が付いていた。
だから無防備な室宮涼香を心配して、なのに警戒するべきブルームーンとの間柄を羨んでしまう。何かの童話にあった魔女の奸計で呪いを受けたお姫様を格好良く助け、幸せな軌跡を敷いてやれる王子様に彼がなればいいとさえ思っている。自分にはもう永遠に手に入らない存在が、永遠に盾を失った少女に与えられればいいと思っている。いや、それどころか、永遠に明日華の腕の中から消え去った存在がもう一度自分の側に現れてくれれば、明日華を永遠に続く悪夢の迷路の中からたった一回の口づけで幸せな現実に掬い上げてくれれば、などと願ってしまう。
『忘れていたことを思い出す』
忘れられないことだから、思い出しようがない。
もしかして失踪した山岸哲弥も忘れていたことを思い出してしまったのだろうか。
――……私には、関係ない。
昼間言った言葉がよみがえる。関係ないとは言ったものの、実際のところは山岸哲弥のことを知らないわけではなかった。湯浅要という中等部時代の後輩が彼のファンだったのだ。4番でもエースでもないのに何故山岸哲弥なのかと聞いたことがある。
『だって、かっこいいじゃないですか。山岸先輩、目立たないけど、いつかきっと活躍してくれますよ。それに……優しいんです』
『優しい?なんで?』
そう問うた明日華に、要は頬を赤く染めて、嬉しそうに、恥ずかしそうに笑ったのだ。
『私、中等部入った時に迷ってしまって……そのときに助けてくれたんです。食堂に行きたかったのによく分からなくなっちゃって……そしたら案内してくれて、パスタ奢ってくれたんです』
『なに、要ちゃん先輩のこと好きなの?』
意地悪くにやにやしながら可愛い後輩に尋ねると、彼女は耳まで真っ赤にしてはぅ、だのあぅ、だのと意味をなさない言葉を連ねた後、はい、ととてもかわいらしく頷いたのだ。
「……ごめんなさい、山岸先輩……要ちゃん、大丈夫かな……」
けれど、湯浅要の片思いは山岸哲弥が無事だったとして、届くことはないだろう。涼香に聞いた。吹奏楽部で3年の谷川ミユキのことが、彼は好きなのだから。彼女に聞いたところでは「どう転んでも進展しないんじゃない?」とのことだったが、恋というのはいつ、どう進展するか分からないものだ。
きっと湯浅要は明日、エスカレーターで高等部に入学してくる。そして、山岸哲弥の不幸を聞くだろう。
――そうよね。
涼香は淡々と頷いたけれど、きっとそれはもう誰の死も誰の不幸も彼女の心に響かなくなってしまったからだろう。自分の身に降りかかった不幸に心を抉られて、もう悲しむという感覚が分からなくなってしまったのかもしれない。それでも、その不幸が響かない心が羨ましい。明日華の心ももう誰も開くことのできないように鍵を掛けてしまったけれど、その扉は脆い。だから、彼女はせめて可愛い後輩が悲しまないように願うのだった。

4月7日 5:30
入学式は、講堂で行われるらしい。らしい、というのは、先日の山岸哲弥失踪事件が尾を引いていて、これ以上生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかない、という教諭陣の配慮から生徒会を除いて在校生の出席が見送られたからである。ついでに言えばその日は入場・退場のBGM担当である吹奏楽部の涼香は出席する気でいたのだが、朝方急にメールが回ってきたのである。低血圧で朝にはとことん弱い彼女はおかげで大層不機嫌に起きることができた。もっと言ってしまえば、メールが回ってきた時間は五時半。いつも明日華がモーニングコールを掛けてくれる時間は六時十分。四十分も寝ることができたのに、そのタイミングをむざむざと逃してしまったことも不機嫌に拍車を掛けていた。
だから枕元に置いておいた携帯電話の画面を嫌々見て、最初に発した彼女の声音は低く、明らかに苛ついていた。
「どういう事よ……どう考えたって入学式取りやめのほうが安全でしょうに……PTAに対しては」
もちろん全校生徒にはブーイングを食らうだろう。だが生徒より怖いのはPTAだ。保護者だ。涼香に当てはめるなら従兄。明日華に当てはめるなら彼女の両親。
その辺を分かっているのかいないのか、朝からあきれ果ててしまう。
――もういい、もう一回寝てやる。
そう思って布団を被り直したところで気が付いた。
――そうだ、暁兄(あきにい)に電話入れておかないと。昼間来ちゃう。
暁兄とは、涼香の面倒を見てくれる従兄の暁久(あきひさ)のことだ。優しくて良いお兄さんであることは認めるし、彼に来られて困ることはない。けれど、彼は仕事を放ってまで来てくれるのだ、それはさすがに良心がとがめる。昨日、明日華が勤務先が涼香の家に近いとか何とかいっていたような気がするが、暁久の勤務先は涼香の近くにある彼の自宅である。まだ大学を出たばかりで、翻訳の仕事をしている。現在恋人はいない……のではないだろうか。仮に恋人がいないとして、何故恋人ができないのかが彼女には不思議でならない。ルックスは身内のひいき目抜きにしても良い方だと思うし、一通りの家事はこなせるし、経歴だって悪くないのに。
そんなことをつらつらと考えながら暁久の携帯電話の番号をプッシュする。5コールほどしてから眠そうな声が聞こえた。
『はい、もしもし……涼香ちゃん?』
「ええ、私。こんな早くにごめんなさい、暁兄」
『ああ、まぁ……仮眠中だったし』
「お仕事?」
『うん。それで、どうしたの?涼香ちゃんのほうから掛けてくるなんて珍しい』
そんなに掛けなかっただろうか。
少し嬉しそうな暁久の声に少しだけ罪悪感。
これからはもう少し掛けるようにしよう。
「あ……えっと、その、今日学校行かないから……来なくて良いよ?」
従兄はそう、と言っただけだった。
『体調が悪いとかじゃないよね?』
「うん……そういうんじゃないから」
『分かった。実は僕も今日は家に籠もって修羅場の予感なんだ。どうしようかと思っていたけど、良かった』
彼はさも渡りに船だと言わんばかりに笑う。
それが人付き合いのできない従妹を気遣ってのものだということは分かり切っている。けれど、その涼香には優しさが嬉しかった。
その暖かさに包まれたままもう一度眠りに落ちようとしたが、今度はモーツァルトの着信メロディが高らかに鳴り響く。明日華だ。
「……何よ、朝っぱらから」
低い声で応じてやるが、聞こえてきたのはいつもの元気の良い声ではなく、真剣みを帯びた固い声だった。
『見た?メール』
「見たわ。入学式は在校生の出席は無し。PTAから不興を買いそうね」
『そうそう。近年まれに見る味気なさになるんじゃないかな……ただ、あの失踪事件に関してで在校生の出席を禁止にするならすこしなんかなぁ、って思うところがあって』
「不審者が出ていないのに、ってこと?」
そうだ。山岸哲弥失踪事件では不審者が目撃された情報はない、というようなことが言われていなかったか。何故在校生だけ休校とした?
『そう。生徒手帳に学校の歴史は書いてあるけれど、何年だっけ?の歴史の中に今回みたいな事は書いてないわ』
「53年。確かに書いてないかも。……でもそれ、普通は書かないと思うわ」
『そっか……ねえ涼香、今日一日中暇でしょ?』
明日華は今日、元々休みのはず。暇かと聞くあたり、何かしたいのだろうか。
「暇っていうか……休みになったから学校へは行かないけど」
『朝ご飯食べたらそっちに行くわ。……あ、誰か来たから、切るね』
そう言葉を遺して、電話は切れた。おそらく明日華の家の者が彼女を呼びに来たのだろう。時刻を見るといつのまにかいつものモーニングコールの時間になっていた。
だいたい明日華の行動スケジュールは把握している。朝早く起きていろいろと稽古し、涼香にモーニングコールを掛けてから食事をとり、制服に着替えて隣の涼香の家へ来る。涼香もそろそろ起きなければならない。
だが、朝食を食べてこちらに来る、その目的は何か。
それはすぐに彼女の知るところとなった。
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