時風戦記 第一章ー1

「時風戦記」第一章突入です。
膨大な量をINDEXに追加しました。やったと思ってたのに!
では、どうぞ。


スエリカへの道はそう遠いわけではない。
だが、村の外は森で、意外に深かった。幸い道に迷うことはなかったけれど、少し疲れる。そういうわけで、彼女は湖の傍に腰を下ろした。
「今日中にここ、抜けられるのかしら……」
今日中、と言ったのは、こんな暗い森の中で一夜を過ごすのは不安だったからである。家を飛び出したとき以来教会でずっと保護されてきたから、あの時とは違うとはいえ少し怖い。ふと湖を覗き込むと、腰までの暗い金髪に紫色の修道服の少女が映りこんだ。
「……だめだ、月紗。頑張ってここを抜けないと」
修道女―月紗は頭を振ってのろのろと立ち上がり、ため息をついた。
「髪の毛、切ってくればよかった。なんでシスター、だめって言ったのかしら」
正直、腰まで波打つ髪の毛は邪魔でしかない。それなのに、同じぐらい長い髪を持つ親代わりの修道女は旅立つ間際に髪の毛を何かで焦がしたとき以外は切ってはならないと言った。それ故、自然と髪は伸ばし放題になり、諸事情で小さいころから切らなかったせいでこんな長さになっているわけだ。
「早くしないと太陽が沈んじゃう……」
それなのに、なんてこの道は険しいのだろう!
月紗はなんだかこの道を歩くのに嫌気がさしてきて、思い切り大地を踏みしめた。そして、蹴った。


時風戦記 第一章 森の聖堂


―――ああ、セリア様。どうしてこんな険しい道を歩かなくてはならないんですか!
走ったら余計に疲れて、月紗は心の中で自身の仕える女神に文句を言った。口に出して言うのも余計に疲れるような気がしたのは間違いではないだろう。しかも、さっきの湖からそんなに離れたところに来れたわけでもない。ついでに言えば、シスター・レオナの持たせてくれた地図は古びていて、なんだか隅にいろいろ書いてある。今のところそのほとんどがどうでもいいことで、地図を見るのすらいやになっていた。
「あ、でも、森を抜けられるかな……」
うっすらと光が見える。たぶん、森を抜けられるという証だろう。ふと思いついてライターを取り出し、軽く振ってみる。花をあしらったロッドに変わったそれを杖代わりにしてふらふらとそちらへ向かう。程なく光は大きく明るくなり、月紗は安堵のため息をついた。

スエリカ。森に囲まれたその町は、食材が豊かなことで知られる。現に月紗がついたとき、昼食の時間は優に過ぎていたが、アルセロス村から来た野菜や肉、魚、そして村で採れた木の実などを売る声が活発に飛び交っていた。
「どうだい、この干し肉!一枚20ガレンだよ!」
「クラーレの実、一つ5ガレン!」
それらを聞き流しながら、ようやっと杖代わりにしていたロッドをライターに戻して、月紗は辺りを見回す。
聖堂はどこだろう。
聖堂は教会と同じく村人の応接室になる部分や居住区と修道士・修道女たちが歴史の研究をするための倉庫に分かれている。教会との違いは聖堂のほうが応接室の部分が大きく、倉庫が小さいことである。外部構造は大体同じで、屋根の上にはアイレーン島の守護神のシンボルである、五枚の花びらに大きな三枚のがくを持つデルアの花をかたどった飾りがついている。ついでに他の建物よりも少し高い。ゆっくりと見渡すと、それはすぐに見つかった。
「市の傍なんだ」
ぎい、と重々しい音を立てて扉を開き、真正面にまっすぐ進んで聖像へと跪く。
―――親愛なるセリア様。私をどうしてここに導いたか、私は知りません。知りたいけれど、今は聞きません。けれど、どうかご加護を。
ふと見回すと、ワンピースに丈の短い上着を羽織った少女(おそらく魔術師だろう)が一番後ろの椅子に丸まっている。入り口には剣術師だろうか、白を基調とした鎧を纏った青年が凭れ掛かってこちらを見ていた。何の気なしに見逃した月紗を責めるでもないその冷めた眼は、彼女にどこか既視感をもたらした。彼が視線をはずさないので、こちらもずっと見ていると、青年は口を開いた。
「お前……」
「修道女……ここにいた?」
少女が横から口を挟み、彼の言葉は宙に浮く。
「いいえ。私は……」
「セリア様に呼ばれたのか」
「え、ええ」
「そうか……修道女はみんなその……格好なのか」
「その格好?」
彼が月紗の顔だけを見ようとして聞くのに不思議に思わないでもなかったが、言いよどんだ彼の言葉を少女が補完してくれた。
「……出しすぎ」
月紗の修道服は胸元が襟と対称になるようにやや大きな菱形に開いている。レオナがくれたものだったが、彼女のものはランツェル特有のものではないものの場合、美しい脚がよく見えるようなつくりにもなっていた。ただし、
「もっと肌のでていない修道服もあるわ。これは私を養ってくれたシスターがくれたものなの」
「お前、何処の出だ?」
「シスターといたところはランツェルだけど、生まれたところまでいう必要は感じないわ」
剣術師はむっつりと黙りこんだ。魔術師が無表情のまま首を傾げる。
「なにか、あるのかしら」
「分からないけど……セリア様がここに呼んだってことは、何かあると思うわ」
少女はそう、と言ったきりまた椅子に縮こまった。青年が少しして口を開く。
「そろそろ何かあってもいいはずだが」
「少し、出てくるわ」
そう言い置いて月紗は聖堂を出ようとした。
「まずい、南を過ぎた!」
そんな声と共にこちらに人影が向かってくる。月紗が避ける暇もなく、それは二人分の悲鳴と共に彼女のもとに倒れ込んだ。
「痛ぁ……聖堂に駆け込んでくるなんて」
「まさか人が立っているとは思わなくてさ」
人影ー青年だったが弓を持っているから狩人だろうーは人の良さそうな笑みを浮かべて起き上がった。大丈夫かと言って尻餅をついたままの月紗の腰をさする。
「ええ、大丈夫。あなたは怪我はない?」
「ああ。……君はここの修道女かい?」
「いいえ。私はセリア様に呼ばれてここに来たの」
「セリア様に?俺もだ……ところで、セリア様ってどんな神様なんだ?」
驚いた。
女神セリアはアイレーン島ではほとんどの者たちに知られている。なのに目の前の青年はそれを知らない。
「ええと、セリア様はアイレーン島の守護神で、運命の女神さまよ。この島を創った神様から数えて4代目」
「へぇ……俺の知らないことばかりだ」
青年は大袈裟なまでに嘆息してみせた。
「腰、もう大丈夫よ」
月紗の腰を撫で続けていた青年の手を止めると、彼はわかったと言った。
「その前にそれは女性に対して無礼な行為だと聞いたが」
「殺されても文句言えない」
剣術師と魔術師がポツリと呟いた。ふと訪れた沈黙に微かな苦笑いがまじった。
「誰?」
「怪我をしないでここまで来ていただけて幸いでした」
「セリア様!」
苦笑いの主はセリア神だった。ふわりとその姿を現すと、4人の前に降り立つ。
「あなた達は私がある条件にしたがって見つけ出した運命の使者です……いえ、もっと正確に言ってしまえば、このアイレーン島の命運を私と共に握る守護者です」
「私たちが……守護者」
「ええ。あなたたちがその運命を手に入れ、自分が何者かを知り、そしてこの絶望の扉を打ち破るとき、この島は初めて幸せになれる」
この島は、月紗たちが絶望の扉を打ち破るときに幸せになれる、その意味が分からない。
「……あなた達の望みと、この島を救うことは同じことです。だから……どうか」
「ですが……」
「会ったばかりでお互いが心もとないとは思います……けれど、もうあまり時間は残されていない。この島が幸せになれなければ、あなた達は死んでしまう」
旅へと赴くか、死か。その奇妙な二択を迫られたとき、月紗は既に答えを見つけていた。
―――死にたくないからファルサンドラを出たのに、今更拒否する理由も……ない。
ちらりと横目であとの三人を伺うと、彼らも答えは出たのだろう、意志のこもった目をしている。そしておそらく、答えは同じだ。それを見たセリアが、確かめるように名前を呼ぶ。
「剣術師・藤馬」
「俺は行きます」
「魔術師・紫音」
「私も……行きます」
「狩人・白虎」
白虎と呼ばれた狩人の青年は頷く。
「月紗」
「はい」
頷くと、女神は安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。私はずっと付ききりでいられるわけではありませんが、困ったときはいつでも礼拝歌を一節、歌ってくださればすぐに駆けつけます」
「はい」
「月紗、紫音、白虎、藤馬。あなたたちの望むことを見つけられること、願っています」
セリアはもう一度微笑んで、どこかへ行ってしまった。ただ、ここに集めたからには、一緒に行動しろということなのだろう。そんなことを考えていると、剣術師・藤馬がふらりと外へ出た。
「どこへ行くの」
「資金が必要だろ。何か売ってくる」
彼はここまで来るのにそうしていたのだろう。だが、今何か売ったら彼は丸腰だ。
「待って。売るんじゃなくて、稼げばいいのよ」
「それなら……出来るわ」
狩人・白虎がへらへらした顔のまま、腰に手を当てた。
「じゃあ稼いで……」
どこまで人を頼って来たんだろう。それか、自分で稼ぐとでもいうのか。街中でそれは無理というものだ。何も返さずに月紗は教会を出た。
市が賑わう時間を過ぎて、村は談笑する人間ばかり。必要経費を稼ぐには丁度いい。彼女が年季の入ったライターを撫でると、それは竪琴に姿を変えた。それを見た人間が周りに集まってくる。
「vela glor tale
yawhi bean beaul lac
lac bean tuai mirra, etia laci meld boanin laci ashe
yawhi bean krifia tic
tic virl bean tuai mirra, ntia tic mirran th lac
tic virl caon gilt wary mirra, tic beentn laci tuafa
etia tic ashen `lec mirran yel. lec ashen boanin leci rodia.’
(昔々の物語
美しい少女がいた
少女は神の愛し子、歌うとすぐに願いを叶えた
昔々の物語
無垢なる少年がいた
少年は人の子、しかし少女を愛していた
人知れず想うことに耐えきれなくなり
少年は少女の神殿に馳せ参じた
そして願った『あなたが好きです、我が想いかなえよ』)」
家を出てからこれで生きてきたから、声の通りはいい方だろう。それと、今は理解出来るようになったあの言葉が、助けてくれる。
「lac mirran tic vela fis bean findan vairlwho
tic civan lac reato nankila, lac caon virl gilt hera, etia lac rodia
`hirl tici guen, lec virl civir char roa ya!’
whe tua lac lornon tale, tuafa dorr closan roa ya
roa mif ya bean roa lacs
lacs crossn lacis mirra
ntia humas virl caon ashen
ntia neal xian roa finda wea
ya bean borni torotta
(少女は人知れず少年を想っていた
熱い瞳で見つめられ、拒みきれずに唇を開いた
そして歌った『代償などいらぬ、彼の恋をかなえよ』
神の娘が歌い終わったその瞬間
神殿の扉は独りでに閉じ
二人を永久に閉じこめた
二人は誰はばかることなく愛し合う
しかしただの人の子は願えなくなる
諦めきれずに力を尽くす
それが今日、挑戦することの始まりであった)」
「上手いな、嬢ちゃん!」
思いがけない賛辞に、嬉しさが込み上げる。辺りに落とされた硬貨を拾い集めるのはいつものことだが、その一言をもらっただけで嬉しいと思う。
全て拾い上げると、背後から声をかけられた。
「お前、その呪文みたいなのは?」
「歌で金稼ぎって、出来るんだな」
「次、私がやる」
資金調達を手伝ってくれるという紫音は良いとして、後の二人には教えておく必要がありそうだ。
「歌で資金調達なんて、ずっとやってきたもの。それと、あの歌は「lac tua(神の娘)」、稀代スリアトニア神語の詩よ」
「稀代……スリアトニア神語?それが、言葉なのか?」
「ええ。紀代スリアトニア神語は昔は総ての者が、今でも精霊に通ずる者によって話されてきた言葉よ。私たちが唱える呪文も歌も、この言葉は統轄していて、それぞれに効果を持たせるわ。ただ、効果は個人差もあるみたいだし、言葉の相乗効果(テーライズ)もあるみたいだから新米の私にはよくわからないけど。あとは、特定の属性を持っていないと使えないものもあるみたいね。
紀代スリアトニア神語の紀代スリアトニア、っていうのは今、アイレーンの前の時期。確かセリア様のお父様、ライゼル様が統轄していたみたい。私が歌っている古詩はだいたいその時代に作られたものね。古詩は紀代スリアトニア期にもあったみたいだけど、初期に作られたみたい。それと古詩には歴史の意味もあって、それぞれの時代に少しずつ詠われているわ。……まぁ、こういうのはほとんど師匠……シスター・レオナに習ったけど、私が説明するのは難しいわ。詳しい事は師匠が全部知っているはずよ。実際に聞いてきた、っていってたから」
「それだけしか分からないのか?」
知りたいのは良いことだけれど、それだけ、と言われても困る。
「別に出し惜しみしてる訳じゃないわ。私の記憶が確かな限り話しているだけ。仮にもシスターが間違ったことを話すわけにはいかないもの。
アルトメリアのこともきっと歌ってあるはずよ。ただ、どの古詩に入っているかはわからないのだけれど」
「まぁ、途中で何か解るかもしれないし」
本当に、この白虎という男は楽観視してくれる。そんなこと、誰にもわからないのに。
「それは分からないけれど、そういうことにしましょう」
「lec nowi halir yeli ashe qilan.
yi wi irxe supln huma haigel,
lec closia yel.
talen enela huma finda lifina.
omia, talen yeli finda.
roa yeli enela namlya.」
不意に、紫音の歌声が聞こえた。占術師独特の衣装を纏い、守護精霊に呼びかける。
「……そう、当分体の方は落ち着きそうですが、忙しくなります。お店の売り上げも良好ですよ」どうやらこちらも繁盛らしい。数人の未来を占った後、ヴェールを脱いでこちらに来た。
「紫音、占術はいくらだ」
藤馬が焦った目を隠そうと
もせずに聞いた。
「そうね、10ガレンかしら」
「そうか、いや、何でもない」
装備を売るしか金子を作れない剣術師は、残念そうに懐に手を当てた。聞かれた魔術師もそう、と言ったきりだ。
不意に、白い物が視界をよぎった。次いで、身を切るように冷えた風。
「誰だ!」
藤馬が剣を抜きはなった。
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プロフィール

紅崎姫都香

Author:紅崎姫都香
誕生日:昭和天皇の誕生日の前日(要するに4月28日です)
血液型:A
趣味:小説書き、イラスト描き、楽器演奏
年齢:20。
好きな物(漫画と小説):いろいろ。ブログで書いているモノがそうです。
カップリングは叫んでるやつです。

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