山吹の光
試験が全て終わりました。
何とかいけているといいな。
さて、今回のも完全オリジナル。なんかちょい暗いですが、まあ最後は明るいのでよしとしてください。
そういえば、山吹の花って綺麗ですよね。ウチにあるのは一重ですが、花が咲いている期間は十分楽しめます。
まぁ、今は梅が盛りですけどね。
では、どうぞ。
そこはかつて、山吹の村とまで呼ばれていた。それほどまでに、春になると七重八重の山吹の花が咲き乱れ、冬の孤独を吹き飛ばしていたのである。
しかし、長く続いた平和は、人を飽きさせ、山吹の村に不幸を呼び込んだ。
それは、二人の旅人が起こした物だった。
二人がこの村に着いたとき、村人は暖かく迎え入れた。咲き乱れる山吹を分け与えた。快く、この村に永住することを許した。
二人に娘が生まれたとき、掟に従い山吹のペンダントを分け与えた。
それなのに、二人は不幸を呼び込んだ。
生まれた娘は、二人に望まれた子ではなく、それどころか、生まれてはならない子供だった。
その子供は、人々の冷たい目に耐えられず、山吹を自ら置いて逃げ出した。
娘がどうしたかを人が気にしなくなったとき、遠くの村で戦が起きたことを村人は知った。そして、今まで崇めていた山吹の村の平和を忌み嫌った。
そして、村はうち捨てられた。
山吹の光
ぱき、ぱき、とブーツが氷の破片を踏む。少女は驚いたように足下を見、呆れた表情をした。足下の氷は、薄い硝子だった。
そこは、かつて少女の家だったところ、だった。
幼い頃に過ごした、家。
それは、誰も住む者がいなくなって朽ち果て、ただの筺と化していた。目を掛ける者がいなくなると、いとも簡単に家としての存在価値を失ってしまったようだ。
庭の草は荒れ放題で伸び放題、窓硝子はことごとく割れて、二度と電気のつくことのない屋内に光を入れている。ドアの取っ手や鍵は錆び付き、床は歩くごとにぎしぎしとイヤな音を立てる。カーテンや絨毯は埃や泥にまみれ、壁紙は疾うに元の色、形すら留めていない。
それでも、7つあるうちの一番奥の部屋に、ぽつねんと小さなベッドが置かれていた。
指でそっと触れると、埃がついた。
淡いベージュのベッドは、確かに少女の物だった。ワックスの剥げかけたシルエットが、木製の柔らかいフォルムを伝えている。
そこには、シーツや、枕、掛け布団まであった。少女が家を出たその日のままに。
クマのぬいぐるみも、アンティークな西洋人形もなく、少女は孤独だった。
その家から、家出同然に逃げ出したのはもう数年前のこと。
そして少女は成長し、懐かしいこの家に戻ってきた。
否、少女にとっても、この家は家ではなかった。
彼女が生まれたところ、それだけだ。
そう、それだけ。
そのほかには、特別思い出などありはしない。
だから、そっと柔らかいフォルムをなぞって唇を開いた。
「あたしの、家……」
言いかけて、彼女はやめた。言うことをためらったのだ。
彼女は家を捨てた。
「ここは、あたしの家じゃ、ない」
あたしの家は、他にある。
そう、自分に言い聞かせるように少女は言った。特別誰に向けた物でもない。ここに、この筺の中にいるのは彼女一人だけ。聞かせる相手など、いはしない。それでも、言うのをためらい、言い聞かせたのだった。
またぱりぱりと硝子を踏んで、少女は部屋をぐるりと歩いた。きらりと日に光る物を見つける。ベッドの脇にある、小さな鏡台からだった。薄暗い部屋の中で、それだけがきらきらと鈍く輝いていた。鏡台に近寄って、それを拾い上げる。すっかり曇ってしまった鏡の下で、かわいらしい花のペンダントが光っていた。
山吹の花の、ペンダントだった。
この村で、春になると一斉に咲き誇る美しい黄金の花。
それがいつの間にか、誰も見向きもされず、朽ち果てていったのは何故なのか。
少女はそれが途端に悲しくなって、顔を歪めた。
この村を離れたのは、自分だけではない。この村にとどまる気がなくなった村人は、やはり数年前に家を捨てた。村を捨てた。
そして、かつては山吹の村とさえ呼ばれた黄金の村は、もはや見る影もなく廃墟となった。
それを思い知らされて、「捨てられた」自分の行く末を予感して、その場に彼女は蹲った。
誰もいなくなった村、誰からも顧みられなくなった自分。少女はずっと、この村がうらやましかった。沢山の民に愛されたこの村が、うらやましかった。誰からも望まれない子供だと知った途端に、愛されなくなった自分を憎んでいた。
けれど、それは正しく、同時に間違っていた。
この村が平和すぎると知った途端に、山吹はうち捨てられた。少女のように、こともなげに置いておかれ、時を止められた。
それなのに、それでも、この山吹の村は待ち続けた。愛してくれる者を、ずっと待っていた。そこに、少女は現れたのだ。
相変わらず、暗いくらい少女の足下に、光は差さない。
けれど、山吹のペンダントが、今、確かに光を反射した。
曇った鏡は、なにも映さない。
埃の積もった古いベッドに、もはや寝る者はいない。
けれど、鏡は磨けば光を映し、少女となったこの家の娘を映す。
埃を払えば、使い古されていないベッドは少女を迎え入れる。
そのことに、愛を感じた。
「あたしの家……あたしの……家」
嬉しくて嬉しくて、少女はしばらく涙を流した。
自分は愛されていると言うことが、ただただ嬉しかった。誰に向けた物でもなく、自分に向けた言葉。少女を育ててくれたのはこの村の外の女だった。そこが家なのだと、思いたがった。けれど、迎え入れてくれるこの筺は、今、少女の中で確かに「家」となった。
薄い硝子も、カーテンも絨毯も、鏡台もベッドもペンダントも、「家」としての機能を止められながら、時に従って少女を待っていた。そのことが、ただただ、少女は嬉しかった。
孤独を吹き飛ばしてくれた「筺」は、今、少女をこの家の娘として迎え入れて、機能を再開した。
何とかいけているといいな。
さて、今回のも完全オリジナル。なんかちょい暗いですが、まあ最後は明るいのでよしとしてください。
そういえば、山吹の花って綺麗ですよね。ウチにあるのは一重ですが、花が咲いている期間は十分楽しめます。
まぁ、今は梅が盛りですけどね。
では、どうぞ。
そこはかつて、山吹の村とまで呼ばれていた。それほどまでに、春になると七重八重の山吹の花が咲き乱れ、冬の孤独を吹き飛ばしていたのである。
しかし、長く続いた平和は、人を飽きさせ、山吹の村に不幸を呼び込んだ。
それは、二人の旅人が起こした物だった。
二人がこの村に着いたとき、村人は暖かく迎え入れた。咲き乱れる山吹を分け与えた。快く、この村に永住することを許した。
二人に娘が生まれたとき、掟に従い山吹のペンダントを分け与えた。
それなのに、二人は不幸を呼び込んだ。
生まれた娘は、二人に望まれた子ではなく、それどころか、生まれてはならない子供だった。
その子供は、人々の冷たい目に耐えられず、山吹を自ら置いて逃げ出した。
娘がどうしたかを人が気にしなくなったとき、遠くの村で戦が起きたことを村人は知った。そして、今まで崇めていた山吹の村の平和を忌み嫌った。
そして、村はうち捨てられた。
山吹の光
ぱき、ぱき、とブーツが氷の破片を踏む。少女は驚いたように足下を見、呆れた表情をした。足下の氷は、薄い硝子だった。
そこは、かつて少女の家だったところ、だった。
幼い頃に過ごした、家。
それは、誰も住む者がいなくなって朽ち果て、ただの筺と化していた。目を掛ける者がいなくなると、いとも簡単に家としての存在価値を失ってしまったようだ。
庭の草は荒れ放題で伸び放題、窓硝子はことごとく割れて、二度と電気のつくことのない屋内に光を入れている。ドアの取っ手や鍵は錆び付き、床は歩くごとにぎしぎしとイヤな音を立てる。カーテンや絨毯は埃や泥にまみれ、壁紙は疾うに元の色、形すら留めていない。
それでも、7つあるうちの一番奥の部屋に、ぽつねんと小さなベッドが置かれていた。
指でそっと触れると、埃がついた。
淡いベージュのベッドは、確かに少女の物だった。ワックスの剥げかけたシルエットが、木製の柔らかいフォルムを伝えている。
そこには、シーツや、枕、掛け布団まであった。少女が家を出たその日のままに。
クマのぬいぐるみも、アンティークな西洋人形もなく、少女は孤独だった。
その家から、家出同然に逃げ出したのはもう数年前のこと。
そして少女は成長し、懐かしいこの家に戻ってきた。
否、少女にとっても、この家は家ではなかった。
彼女が生まれたところ、それだけだ。
そう、それだけ。
そのほかには、特別思い出などありはしない。
だから、そっと柔らかいフォルムをなぞって唇を開いた。
「あたしの、家……」
言いかけて、彼女はやめた。言うことをためらったのだ。
彼女は家を捨てた。
「ここは、あたしの家じゃ、ない」
あたしの家は、他にある。
そう、自分に言い聞かせるように少女は言った。特別誰に向けた物でもない。ここに、この筺の中にいるのは彼女一人だけ。聞かせる相手など、いはしない。それでも、言うのをためらい、言い聞かせたのだった。
またぱりぱりと硝子を踏んで、少女は部屋をぐるりと歩いた。きらりと日に光る物を見つける。ベッドの脇にある、小さな鏡台からだった。薄暗い部屋の中で、それだけがきらきらと鈍く輝いていた。鏡台に近寄って、それを拾い上げる。すっかり曇ってしまった鏡の下で、かわいらしい花のペンダントが光っていた。
山吹の花の、ペンダントだった。
この村で、春になると一斉に咲き誇る美しい黄金の花。
それがいつの間にか、誰も見向きもされず、朽ち果てていったのは何故なのか。
少女はそれが途端に悲しくなって、顔を歪めた。
この村を離れたのは、自分だけではない。この村にとどまる気がなくなった村人は、やはり数年前に家を捨てた。村を捨てた。
そして、かつては山吹の村とさえ呼ばれた黄金の村は、もはや見る影もなく廃墟となった。
それを思い知らされて、「捨てられた」自分の行く末を予感して、その場に彼女は蹲った。
誰もいなくなった村、誰からも顧みられなくなった自分。少女はずっと、この村がうらやましかった。沢山の民に愛されたこの村が、うらやましかった。誰からも望まれない子供だと知った途端に、愛されなくなった自分を憎んでいた。
けれど、それは正しく、同時に間違っていた。
この村が平和すぎると知った途端に、山吹はうち捨てられた。少女のように、こともなげに置いておかれ、時を止められた。
それなのに、それでも、この山吹の村は待ち続けた。愛してくれる者を、ずっと待っていた。そこに、少女は現れたのだ。
相変わらず、暗いくらい少女の足下に、光は差さない。
けれど、山吹のペンダントが、今、確かに光を反射した。
曇った鏡は、なにも映さない。
埃の積もった古いベッドに、もはや寝る者はいない。
けれど、鏡は磨けば光を映し、少女となったこの家の娘を映す。
埃を払えば、使い古されていないベッドは少女を迎え入れる。
そのことに、愛を感じた。
「あたしの家……あたしの……家」
嬉しくて嬉しくて、少女はしばらく涙を流した。
自分は愛されていると言うことが、ただただ嬉しかった。誰に向けた物でもなく、自分に向けた言葉。少女を育ててくれたのはこの村の外の女だった。そこが家なのだと、思いたがった。けれど、迎え入れてくれるこの筺は、今、少女の中で確かに「家」となった。
薄い硝子も、カーテンも絨毯も、鏡台もベッドもペンダントも、「家」としての機能を止められながら、時に従って少女を待っていた。そのことが、ただただ、少女は嬉しかった。
孤独を吹き飛ばしてくれた「筺」は、今、少女をこの家の娘として迎え入れて、機能を再開した。
テーマ : ショート・ストーリー - ジャンル : 小説・文学
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