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創作ブログ(旧『花待館』)です。 なお、当館内に掲載しております作品等については著作権を放棄しておりません。

「龍霊使い」16
はい、最終話です。でもまだエピローグありますけどね……。
今回、かなり長いです。
では、どうぞ。
最終話
最期の約束


「あ~、なに、ここ?カロイデン宮殿って」
看護士・夏姫夜代は相方に尋ねた。
「みたいよぉ~?」
相方・春姫葵がのんびりした口調で応える。
「みんな中のようだけど……」
水上知華がちょっと考えてから呟いた。
「入れないんなら、護衛を何とかするしかないじゃん」
知華の妹・実和愛華が言う。
「でも、どうやって」
そう呟いたのは、看護士・秋野清花である。
「強行突破」
「え?」
「強行突破っすよ、看護士さん」
チーム『光迅』副リーダー、稲原慧が、紅音の飼い猫、アリスを撫でながら言った。
「アリス、お前は、ご主人様のために待ってな」
アリスが、にゃぁ、と鳴いて、愛華の傍により、背中を指し示した。
「乗れってさ、お嬢ちゃん」
愛華が、ちょっと迷って、ぴょこんと飛び乗った。
「突破するぞ、野郎共!」
稲原の掛け声に、おう、と光迅が応えた。
目の前に現れた無数の悪霊及び暴漢集団『ジェンソンズ』が、次々と宙を舞い、消えていった。
「次にこっちに来るときは、真っ当に生きるんだぞ」
という、叫び声を聞きながら。

「何でお前が相手なんだろうなぁ!」
白城真の目の前で、そいつは数十本もの短剣を飛ばしてきた。斜方状に広がるソレを、彼は無理矢理軌道をねじ曲げることでかわす。
「本当に、お前が相手なんて、まっぴらごめんだぜ」
そう呟くと、真は札を取り出して、投げつけた。
「春は南より舞い出でて、冬は空へ舞い戻る。冬の雪に染まりし汝を、我は召喚せん」
ふわぁ、と札が光を発する。
「雪城」
ツバメが、弧を描いて踊り出で、相手に向かう。
氷の刃のように鋭い翼は、一閃で短剣を砕き、その短剣の持ち主に向かった。ソレをそいつは器用にかわし、短剣の塵を火の玉と変えた。
「どうせお前にゃ解らんだろ。お前ら使役者が、生まれつきの才能で生きているんなら、俺らはこうやって他者の才能を吸収することで生きているんだからな!」
「俺らだって、生まれつきの才能で生きているんじゃない!
たしかに雪城達は自分が見込んだ奴でないと契約を結んじゃくれないけど、その先は俺たちがどうやって生きるかで決まるんだ!」
雪城の、氷の息吹が火の玉を凍らせる。
「その生き方だって、才能をいかにして生かしていくかだろう!所詮、社会でも何でも、才能のある奴しか生き残れねぇんだよ!」
「才能なんて、付けるもんだ!」
そいつ―――夏塔英一の繰り出す短剣が、真の頬を掠める。今更気づいてもしょうがない痛みが、体のあちらこちらから走った。
「そんなのは、お前ら超人の勝手な主張だ!俺たちジャグラーだって、使役者にはなれる。
だが、俺みたいな、凡人上がりのしがないジャグラーは、つけられる才能が限られてるから、使役者なんかにゃなれねぇんだ!」
英一の激昂に呼応するかのように、短剣が乱れ飛ぶ。
その隙間から、避けられる。真には、その自信は、あった。
―――でも、避けない。
伝えたいことが、あるから。
「本当に、そう思っているのか」
静かな、声。
「何?」
剣が空を切る音が、止む。
「人間に、限界なんか、ねぇんだよ」
静かな、静かな空間で、その言葉はやけに響く。
「紅音さんは、アンタのことが好きなんだ」
静かに、けれど重く、空間に広がる言葉。
「あいつは……でも……」
「日馬(あいつ)じゃ駄目なんだろ、きっと」
―――ああ、そうか。
英一の、凍った思考が解凍されていく。
「悪霊なんかに頼ってちゃ、行き着く所まで行けないぜ?」
真の肩に、雪城が舞い降りる。もう、ボロボロだった。白く美しい刃の羽は、相手を斬り裂く能力すら、残っていない。
―――ありがとうな、雪城。
「あいつは、……紅音は」
「大丈夫だ。きっとまた、一緒に歩いていけるさ。だって、限界を知らないアンタが好きなんだから」
「ああ……」
英一が、自分の胸に、短剣を突き立てた。途端に、ぶわ、と煙のような、呪縛の根元が出てくる。
ばさ、と真っ白い式神が根元を斬り裂き、根元が果てた。
ぱたり、と墓標のような物が落ちる。水晶のようにきれいなそれは、雪のツバメと一緒に、ゆっくり、ゆっくり消えていった。
―――ありがとうな、雪城。
そして、さよなら。
真の双眸には、いつしか光る涙があふれていた。

「ふざけんじゃないわよ、この外見だけのエエカッコシが!」
紅珂みさきは、拳銃をそいつに突きつけながら、低い声で囁いた。
「今更、何が言いたいんだ。もう、いいんだろ?」
「ええ、アンタのことなんかもうどうでも良いわよ」
彼の喉元に拳銃を押し当て、感情を抑えながら言い返す。
「でもね、私はまだ、警察やってんの!私の仕事は、まだ終わっちゃいないわ!」
それを聞きながら、彼―――冬堂恵は、考える。
―――そんなことの方が、大事なのか。
「アンタを封印するまでが、私の警官人生よ!」
血塗れになってまでして、なお、自分を消そうとするのか、と恵は考えた。知らず知らず怪訝な顔つきになっていく彼を、荒い息をつきながら、みさきは見つめていた。
「……違うか。私の人生、ってわけか」
どうせ心臓付近は攻撃が集中してきて、酷い出血だ。星李が駆けつけてくれない限り、助かるまい。
「でも、いいわ」
「?」
何が良いんだ?と言わんばかりの恵の眼差し。
「だって、アンタが看取ってくれるから」
ふわふわした、頼りなげな微笑み。突然、恵の脳裏に、様々な思い出が回り出した。
「私が封印するのは、冬堂恵本人じゃないんですもの。取り憑いているお馬鹿さんだけよ」
「みさき……」
―――見っけ。
しゅ、とスカートをたくし上げて万年筆を抜き取る。呪縛の根元が、辺り構わず弾を撃ち放す。
―――避けたって、しょうがないわ!
伝えなければならないから、避けない。弾が掠めても、動じなかった。
突っ込んでいって、恵の体の上から、万年筆を突き立てた。
途端、身体の中で何かが破裂した、ような気がした。
思考を凍らせた呪縛が、消えていく。墓標のような水晶は、深紅の血に染まって、消えた。
仰向けに抱きかかえられて、苦しい体勢から解放される。
すぅ、と遠ざかっていく、意識。遠くで、懐かしい声が、聞こえた。
―――みさき、
   みさき。
   みさきぃっ!!
―――どうしたの?そんなに必死そうな顔しちゃって。
呼吸は止まらない。だが、出血は酷い。
―――別に、良いかな。このままでも。
このまま、最期まで恵といられるのなら、もうそれでもいい。
でも、と意識がなくなる寸前までみさきは思う。
―――もうちょっとここにいたい。
ぱたぱたと、誰かの何か、温かい涙か血液かが頬に落ちる。
目を覚ましたときに彼を、抱きしめてやりたいから。だから、
―――何時間か経ったら、起こしてよね。
お休みなさい、恵。
そう呟いて、みさきは完全に意識を手放した。

「ふざけんな……」
真っ白い長い長い蛇が、礼波紅音の華奢な身体を折れそうなほどに締め上げる。
「お前の飼い猫はどうした?」
「知ってたって、言うもんか……っ」
目の前に立っているそいつに、彼女は精一杯の虚勢を張る。
細長い蛇の胴体の一体どこから、人を絞め殺すほどの力が出てくるのか。
考えながら、紅音は言葉を投げかけた。
「つーか、返せよ。それ」
そいつは応えず、くるくると拳銃をもてあそぶ。
「私の、今の相棒なんだから」
「猫にも愛想を尽かされたか?」
「……かもな」
ふ、っと自嘲気味に紅音が笑った。
―――ごめんな、アリス。
飼い主として、失格かもしれない。アリスより先に死ぬかもしれない自分は。
「今頃、あいつにも愛想尽かされてるかもな」
「英一か?」
「ああ」
そいつ―――伊良部日馬が、斜に構えていた眼差しをまっすぐに戻して、言った。
「なら、俺の所に、来い」
「日馬……」
まっすぐすぎて、眼を逸らしたくなるぐらいに真剣な言葉。
「俺なら、一生、おまえを愛してやれる」
「……」
日馬のことが、好きというわけでも、嫌いというわけでもない。でも、色恋の話、つまり愛だの恋だのという話になると、少し違う。
―――結局、私はなんだかんだ言って、夏塔英一しか見てなかったんだ。
だから、他の奴を心に留めたまま、日馬と添い遂げる事なんて、出来ない。
「俺は、お前のことが好きなんだ」
「……」
「だから」
「すまない」
紅音が、日馬の言葉を遮った。
「私は結局、夏塔英一しか見てなかったんだ。だから、あいつに未練を残したまま、お前と一緒になるなんて、できねぇよ」
「俺が、死んだ奴だからか」
ゆっくり、日馬が拳銃を向ける。
「いや、私が優柔不断だからだ」
「そうか」
ぱぁん、と銃声が響いた。
切り傷だらけの紅音の体に、弾はたやすく食い込む。
「なるほどな……最期に私の目が映すのは、お前、ってわけか」
打たれた箇所をちょっとだけ観察して、蛇の頭を掴んだ。
束縛がゆるんだ所を見計らって、壁を蹴った。そのままピンヒールで、蛇を壁に叩き付け、日馬の真正面に着地する。
「やっぱり……化け物じみてるよ、お前は」
「その台詞、そっくりそのままお前に返すよ」
自嘲ではない、心の暗雲を断ち切ったかのような笑みを見せる。
「だから、これで終わりにしてやる」
2人の声が、重なった。さよなら、と2人、心の中で呟く。
ザン、と静かな音が響いた。血に濡れても尚、美しい紅音の脚が日馬の胸を貫いていた。
「じゃあな」
ふぅ、と、日馬が微笑みながら消えた。最期の最期で、消えかかる寸前、どさりと倒れた紅音の唇に自分のソレを重ねて。

「おわかりですのね」
目の前に立つそいつが呟く。
「……っ」
虎星李は、高く掲げて鎖で縛られた腕を、何とか自由にしようと、もがいた。
「あなたは、知っていらっしゃるかしら?」
ギリ、と唇を噛む。そいつ―――レリュー・マルガノフはふふ、と笑って持っていた鞭で、また2,3度バシリと叩いた。
「……くっ……」
おそらく悪霊から創り出したのだろう鞭で叩かれた箇所は腫れず、そのまま身体が裂けて血が流れた。
「あなたのようながさつな女など、男からは好かれませんわ!」
また、焼け付くような痛みが、走った。

「うふふ……唐也さん、どうしたの?」
彼女の微笑みが、目の前にあった。唐也は、柔らかく微笑んで、返す。
「ううん、なんでもないよ。ただね……」
―――何か、何か忘れているような気がする。
でも、思い出せない。
「ただ?」
ふわ、と笑って、甘えた仕草で寄ってくる彼女―――穂上華音の肩を、抱き寄せた。
「ねぇ、唐也さん」
「ん?」
「大好きよ」
「うん」
ふふ、と華音が笑う。潤んだ瞳で見上げられ、唐也と華音の顔の距離が、ちょっとずつ縮まった。

「華音なら、誰からでも愛されますわ」
「……」
きっ、とレリューを睨み付けた。
「おお、怖いこと」
三角眼鏡の端からチラリと見遣って、レリューがこれ見よがしに嗤う。
「ひとは、愚かな者ですわ。私を殺した主人も、華音を殺した主人も、猫が失踪しても、何の心配もしなかった」
「……」
「私も、華音も、それぞれの主人に殺されたような者ですわ」
「だから……復讐のために、殺した、か」
「ええ」
くすり、とレリューが嗤う。星李の瞳が険しくなる。
「唐也に、華音とやらが近づいたのも、偶然ではない、か」
「ええ。でも、良かったわ」
星李の瞳が、揺らいだ。
「だって、あの方は、華音の主人に似てますの」

「唐也さん、好きよ」
「華音ちゃん……」
華音が、甘えたような声で話す。
「私ね、ご主人様に殺されたの。それから、ずっと、ずっと捜してた」
「うん」
「でね、やっと見つけたの……大好きな人」
す、と近づき合う唇。
―――僕は、何を忘れているんだろう。
再び、彼の思考に去来する疑問。
―――唐也!
声が、聞こえた。本当に、愛しい人の声。
―――唐也っ!
―――星李……。
ポケットの中の感触が、よみがえる。
―――今度こそ、星李に伝えたい。
あと3㎝…2㎝…1㎝……そして、離れた。
華音がキョトンとして唐也の瞳を見つめる。
「ごめんね華音ちゃん」

「……」
いちばん見たくなかった、光景。
「あなたに、彼をしばる権利など、ありませんわ。彼は、華音を選んだのですから」
「……」
「主人によく似た男性を愛する華音の健気さと華音の持つ可愛らしさが、あなたの威圧よりも、勝っていたのですわ」
レリューの言葉など、耳に届かなかった。その光景―――唐也の唇と、華音という猫耳少女のソレがぴたりと重なっている様を、ただ、見ていた。
星李の頭の中が、真っ白になる。
―――あれは、冗談だったのか……?
さらに甘えた仕草で唐也に擦り寄る華音を、眼で追う気にもなれない。
「だから、あの少女、愛華と言いましたかしら?あの娘も、あのまま悪霊と手を結んで起きさえすれば、華音のような可憐で、男から愛される女になりますのに」
―――あたし、もう、友達殺したくないよぉっ!なくしたくないのぉっ!
あの日、少女連続殺人(未遂)事件が解決した日、愛華が涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った言葉。
己の不安と寂しさにつけ込まれ、レリューに悪霊を放たれ、取り憑かれてしまった小さな少女が、友達を手に掛けてしまった後悔に、涙を流して謝った言葉。
―――いや、もう、唐也は、……いい。
彼が愛する女の対象が、自分じゃなくなっても、それは彼の気持ち次第。
「だから、別に、あいつが彼女の方が好きなら、それで良いんだ」
言い聞かすように、星李が呟く。
「私が、感情を押し殺せば良いだけ。だけどなっ!」
星李の眼に、涙が浮かぶ。
「私がお前を許せないのは、愛華の心の隙間につけ込んで、悪霊を取り込ませたからなんだ!」
今までびくともしなかった鎖の手錠が、砕けた。
「なっ……!?」
ボロボロになった白衣の下から、銀色に輝くナイフを取り出す。
そのまま、レリューの脇を駆け抜けた。レリューが驚いたように振り返る。
「私の呪縛を……破るなんて!」
「思いの分だけ、私たちは、強くなれるんだ!」
「!」
―――レリュー、可愛いレリュー。私達は、遠くからでも、あなたのことを思っている。
あなたへの思いを、支えに生きていくの。だから、レリューも、生きて!だって……。
「ふざけるなぁぁっ!!」
レリューが激昂した。星李のナイフを、カン、と弾く。
「守りたい者があるから、私たちは強くなれる、戦えるんだ!」
「じゃぁ、なぜ私は殺されたの!?」
「記憶を……」
「!?」
星李の群青の瞳が、碧に輝いた。レリューの記憶が、繰り返される。
「記憶を辿ってみろっ!」
「……ぁ」
―――レリューっ!死んじゃ、嫌ぁっ!
―――レリュー……。もう、助からないの……?
レリューの瞳から、大粒の涙が零れる。
「私……なんということを……私は、事故で死んだのに……」
「レリュー……」
星李が、小さく、呟いた。
「人も、猫も、幸せな過去は忘れてしまうことが多いんだ。だから嫌な思い出だけが残っていく」
「なら、どうしろというのです」
「思い返してみろ。死んだとき、駆け寄ってきたのは、自分の家族、だろ?
だったら、誤解が解けた今なら、許せるんじゃないか?楽しい思い出の方が、多いはずだから」
そう。いつだって、哀しい思い出よりは多いはずなのだから。
「そう……ですわね」
レリューの持っていた鞭が、かたり、と下に落ちる。
星李の目の前で、レリューが人形から本来の姿―――真っ白い猫の姿に戻った。
首を締め付ける黒い革の首輪を、斬ってやる。下から、藍色の首輪が現れた。
―――ありがとう。会いに行く、愛しい人たちに。
それを見届け、星李が壁にもたれるように倒れ込んだ。
―――少し、寝よう。頭がクリアになったら、多分何か思いつくはずだから。
10
「ごめんね、華音ちゃん」
唐也は、がし、と華音のメイド服の肩を掴んで引き離した。殊更に潤んだ瞳で、華音が『どうして?』とかたりかけてくる。
「華音ちゃん。僕には、大事、以上に愛しい人がいるんだ」
「彼女は、あなたを愛していないって」
慌てた風に、華音が言う。
「彼女が僕を愛してくれなくても、僕が彼女を愛してる、それに彼女がちょっとずつ振り向いてくれる、って事実だけで僕は十分さ」
「何で!?あなたの愛は、報われないって言うのに!」
華音が涙声で叫ぶ。
「それでも、いつかは叶うから」
「いつかっていつなのよ!そんなに長く、生きていられるわけがないわ!」
不意に、華音が唐也に抱きつく。
「そんな報われないなら……替え玉(フェイク)だって、良いじゃない……ちゃんと、愛せれば!」
「華音ちゃん……」
「だから……だからこっちを向いてよ……ね?」
涙に濡れた顔をあげて、華音が唐也を見つめる。
「華音ちゃん。替え玉じゃ、守れないんだ。彼女と僕が、ここまでこれたのも、想い合うから、強くなれた、って信じたい」
「そう……それは、残念ね」
華音の声が、冷たくなる。甘えた声でも、涙声でもなく、冷えた殺気をまとった声。
「たとえ替え玉でも、って私を愛しさえすれば、命は助けてあげようと思ったのに」
「華音ちゃん!」
唐也が叫ぶ。それには応えず、華音がゆらりと立って、唐也の心臓の辺りを見つめた。
「せいぜい、自分の選択を後悔なさい」
トン、と華音が地を蹴った。どこから出したのやら、煌びやかに輝く鈴を、唐也に向かって放る。
「お行きなさい!そして、あの時みたいに、やっておしまいっ!」
「……!?」
鈴が、瞬く間に猫の形をかたどり、唐也に襲いかかる。
「みんな、みんな私の敵なんだから!人間なんて、私達の敵なんだから!」
それを聞いて、鈴の猫は獲物を追う猛獣のように唐也に突進していった。
「華音ちゃん。やめなさい」
無言で攻撃をかわしていた唐也が、静かに言った。表情を作らない深青の瞳を、まっすぐ華音に向けながら。
「言ったよね?替え玉じゃ、守れないんだ、って。君は、僕を通して、何を殺そうとしているの?」
「私を死に追いやった主人……私がメイド服なのも、その由縁なのよ」
「君は、元は猫だったんだよね……」
「あなたなんかには、解らないでしょう!?家にはエアコンもストーブも無くって、毛布にくるまって寒さをしのいでいたのよ!」
「うん」
「だけど、その内に主人の事業が成功して、一家は大貧民から大富豪にまでなった。
そしたら、ぼろい改築間際の社宅から、大都会の豪華なマンションに引っ越して、……捨てられたわ」
―――華音、良い子だ。ここで待っておいで。すぐ、迎えにくるから……。
「すぐ、迎えにくるから、ですって?二ヶ月も三ヶ月も、主人にはほったらかしにされた。
たまに、寝ている間に差し入れられる食料と水とが、命綱だったわ」
それでも、信じて待ってたのよ、と華音は言った。だけど、とつなぐ。
「地震が起こって、ぼろい廃墟は崩れた。気に掛けようともしなかった主人達は、私を見殺しにしたのよ!」
しゃん、と鈴が鳴る。鈴の猫が、唐也の首筋に、噛みついた。
「やめなさいって、言ったでしょ。僕にとっての君が、星李の替え玉のように、君にとっての僕は、ただの替え玉に過ぎないんだよ」
弾のない、拳銃を撃ち放す。弾がないはずなのに、ぱぁん、と音を立てて撃ち放たれ、鈴の猫を消し去った。
「だけど、あなたは私の主人に似ている。私にとっては、あなたが、殺すべき、敵」
「本当にそうなの?」
今し方、華音が言った地震は、10年前、地方都市キャンダロスで起こったものである。ふと、ある記事がよみがえった。
「地震が起こった翌日の新聞に、載ってたよ。
『製薬会社社長子息、倒壊廃墟の中から遺体で発見』って。『傍にいた猫の遺体は、一家の飼い猫“華音”と判明』…………」
「そんな……ことなんて…………」
「嘘じゃ、ないよ。僕は当時、14だった。それに彼は、僕の従妹の婚約者(フィアンセ)だったから、よく覚えてる」
―――陽花も華音ちゃんが、好きだった……。
今は、北ヨーロッパの大学で学んでいる従妹・安月陽花に思いを馳せつつ、ゆっくり、唐也が言った。
「覚えているでしょ?穂上茜舵(せんた)。地震の日、君の所に出かけていって、帰らなかった」
ゆっくり、華音の記憶が繰られていく。まだ、温もりの残る、自分と茜舵の亡骸を抱きしめて、涙する主人達。
「ようやく、気づいてくれた?」
華音の真後ろから、静かな声が聞こえた。
「センタ」
「茜舵君」
「迎えに来たよ、華音……」
言えなかった、言葉。華音が、走り寄り、抱きついた。
「唐也君、陽花は、今……」
「今は、北ヨーロッパの大学で、民話学を専攻しているよ」
「そっか……君も、いい人を、見つけたみたいだね」
穂上茜舵が、柔らかく微笑む。
「ごめんなさい、茜舵さま……私……」
「済んだことは、もういいさ。それより、きっと、みんなが僕たちを待っているはずだから」
「元気でね、茜舵君」
泣きじゃくる華音をあやしつつ、唐也の呼びかけに、茜舵は手を挙げて応え、消えた。
―――ありがとう、唐也さん。彼女と、あなたの愛が、永遠に続きますように。
風に乗って、華音の言葉が、聞こえた。
―――行こう。伝えなければならないことを、はっきり、形にするために。
11
きぃん、と金属がぶつかる音がした。疾風の速さで2人の位置が入れ替わる。
その道の者でも容易に踏み込めないような気が、その空間に満ちていた。最早、言葉など不要。
2人の―――龍牙玲と蛇香蒼貴の、龍霊と蛇霊の、意志の会話のみが、相手との伝達手段だった。
―――その身を世にさらしても、嘲笑されるだけだというのに!
その罵倒を聞いて、玲の頭の中に、昔のことがよみがえった。
―――確かに、最初はそうなんだけどね。
でも、そうじゃない奴もいる、と知ってから、生きていくのが楽しくなった。
―――私は、別に救われたいとか思わない。だから、思想統一とか、好きじゃないの。
そう返すと、蒼貴から、返ってくる、ことば。
―――ならば、私とお前は似て非なる者同士。人の思想を読むという技に長けていながら、互いに反目しあう者同士。そのような者は、いる必要など、ない。
それには応えず、玲はしゅ、と革手袋をはめた。初めて、言葉を発した。
「ってかさ、根本的に違うんじゃないの?私も、アンタも、真っ当な人の道からは」
「だからどうした?」
「別に、私は真っ当な人に竜眼を理解されたいとは思わないし、してもらえないからってそいつをどうにかするわけでもない。
ようするにさ、陰湿に社会を攻めるより、悠然と社会の中で生きてたほうが楽って考えるか、逆かでしょ?
それは大きな違い。だったら、似て非なるも何もないし、そもそも、私がここにいる理由なんて、あるの?」
その問いに、蒼貴はある、と応える。ふぅん、と、玲は呟き、そのまま前を見据えた。
―――ちょっと、やばい、かな?
蒼貴との剣戟の応酬のときに出来た切り傷からは、まだ血が流れている。
「私個人の、蛇霊個人の感情もあるが、死界のほうの有力者から、早々に、葬り去ってしまえ、との指示がでている」
死界。現世で命を終えた者の中で、極端に現世に執着するものが行く世界。
「お前達さえ現世からいなくなれば、死界が現世を統治できるのに、との見解もある」
「そう」
「あのフィラディ条約でさえ、まだ不満だという声も出ている」
「そんなのこっちだって一緒よ。いつの時代の有力者なの?今はもう、18世紀じゃ、ないのよ」
うんざりしたように長い前髪を掻き上げる玲に、蒼貴は笑いもせずに応える。
「3000年分の、怒り、と言うものではないか?なぁ、蛇霊よ」
ふわり、と蛇霊が蒼貴の肩にしなだれかかる。
「3000年分ねぇ……そんなの、もう誰も覚えてやしないわよ」
龍霊が、玲の肩に移動する。
「さんざんこの世を荒らしてくれて、私達の先祖が泣いてるわよ、多分」
「荒廃した社会が終焉していく様は、当事者には悲しみだからな……だが、その負の力が、我らに力を与える」
「あぁ、だからそんなに、侵略したくなるのね……」
「だが、お前とて然り!」
蒼貴の剣が、閃く。今度は、防いだ玲の刀も、蒼貴の鳩尾に食い込んだ。
「人も、悪霊も、負の力を食らわねば、生きてはゆけぬのだ!」
「んなこと、やっていけるかぁっ!」
空中では、龍霊と蛇霊が攻防戦を繰り広げる。
「そりゃね、人類って奴はさ、太古の昔から殺し合いが好きなのかもしれない。
だけどね、そんなのには、大義名分も、正当性も、ありはしないのよ!
アンタだって、軍人だったら、『蒼い蛇』のトップだったら、解るでしょ!?私達がやってることは、無意味なの!
アンタだって、人を殺す必要性なんて、どこにもないのよ!」
「怨念は、無くなりはしないのだ!数千年も生き残る!それを創り出しているのは、他ならぬ、お前らだ!
気にくわないと言っては他人を、友を、愛する者を手に掛け、平然としている奴らだっている!
掛けられた者が、どんな恨みを持って死界へ行くかなど全く気にせずに!私の時もそうだった!」
玲の脚が、止まる。その隙をついて、蒼貴が短剣を繰り出す。掠めた玲の身体から、血が流れた。
「蛇眼を持ったから、殺されて、恨みを持ったって言うけどさ、ほんとに、この世を呪いながら死んでいったって言うの!?」
竜眼が、紅く、紅く光る。呼応して、蛇眼も碧に光る。
「蛇眼は、目立つ!蛇眼の私は、異端児だった!だから……」
「けれど、じゃあ、アンタは自分を殺したと思われる人を死に追いやった!なら、どうしてそんなに虚勢を張っているの!?」
「虚勢、だと?」
「そうよ!叫んでるじゃない!『軍隊の人たちの元へ、愛しい人たちの元へ帰りたい』って!」
―――そうか……結局、寂しかった、だけ……。
蒼貴の白い頬に、一筋、滴が伝った。
「なぜ、気づかなかったんだろうな……」
「忘れちゃうから……そういうこと」
「そうか」
主人の気勢が、弱まったとき、蛇霊と龍霊は、互いの剣で、互いを貫いていた。相打ちだった。
―――龍としての尊厳も、蛇としての尊厳も、使役者を愛するが故に生まれいずるのです。
蛇霊を蒼貴が呼び、龍霊を玲が呼んだ。
「それでは、また、会えたらいいな」
「うん」
「では、そろそろ帰ろうか」
「じゃあ、ね」
蒼貴の剣に、玲の刀が振り下ろされる。きぃん、と音がして、剣が粉々になった。
そして、ゆっくり、ゆっくり蒼貴と蛇霊が消えていった。
「ねぇ、龍霊……」
龍霊が、玲の顔をのぞき込む。
「いかないで欲しいけど、もう、駄目だね……」
―――龍霊ともこれでお別れ……。
そう思った途端、玲の眼から、涙があふれた。
「ごめん、ごめんね」
でも、ほとんど涙を流すということをしなかった数年分がたまっていたのか、止まらない。ふと、龍霊が玲を抱きしめた。温もりが、伝わってくる。
「玲さま、大丈夫です」
「龍霊……」
「私は、霊体も実体も消えてしまいますが……」
そこで、彼女が逡巡する。
「いつも、玲さまのお側にいます。ずっと、永遠に」
「うん」
「だから、寂しくありませんよ」
「うん……」
だんだん龍霊の輪郭が薄くなり、消えた。
「ありがとう……」
別れは言わない。だって、私の中で、眠っているから。
12
「紅音……」
誰かが、自分を呼んでいる。
と思ったら、抱きかかえられて、紅音は目を開けた。
「……なんだ、く……英一?」
今はもういない恋敵と間違われ、英一が憮然とする。
「まちがえるなよ」
紅音は、それには応えなかった。ただ、目に涙を一杯ためて、じっと英一を見つめるのみ。
数瞬の後。
「英一!」
もう後先考えず、紅音は彼に抱きついていた。
「このバカッ!何で連絡よこさないんだよっ!」
とりあえず、嫌われてはいないようだ、と英一は思った。
「紅音……ちょっと、良いか?」
伝えるべき事は、一つ。
「やだ」
「おい……」
駄々っ子のように、抱きついたまま、紅音が首を振る。
「ちょっと疲れてるんだ。病院に搬送してくれたら、聞いてやる」
言われて初めて、紅音が血塗れだということに気づいた。
「わかった」
「じゃ、聞いてやる」
宮殿の、長い廊下に出る。
「あのな、俺にはお前しかいねぇんだ」
「で?」
「……もう何年も待ったんだ、そろそろ、良いかと思うんだが」
ちょっと照れながら言う英一に、紅音が首をかしげる。
「何が?」
なんて鈍いんでしょう、と心の中で嘆息しつつ、次の言葉を、出した。
「俺と、添い遂げる気はねぇか?」
「……お前以外に、誰がいるんだよ?」
「ちげぇねぇな」
「ま、どうにかなるさ」
そのまま、二人で、玄関に向かって歩いていった。
―――日馬のことは、忘れない。でも、今は、英一といたいから。
そう心の中で呟いた紅音に、幸せになれよ、と、日馬の言葉が、届いた気がした。
13
「起こしてって言ったじゃない」
「いや、あの、えーと……」
みさきが、恵の腕の中で、むくれた。
「帰れない……」
「へ?」
「こんなんじゃ、運転できないもの」
「そりゃ、ねぇ……」
でも、と恵が呟く。
「僕が運転するから、大丈夫だ」
「あぁ、そっか……」
「それに、この状態のお前に運転させたら、お嬢様に怒られちまうよ」
「でなくても、怒られるわよ?」
紅音や、星李達は、知ってたもの、とみさきが呟く。
「だろうな……あの時も、怒られた」
「え?」
「放浪なんかしてないで、さっさとみさきと結婚してしまえ!ってな」
「ああ、バイクでアクアローズ一周したときね……」
「ってわけで」
「どういう訳よ」
相変わらずの速さで突っ込まれ、恵がちょっと狼狽える。
「僕の放浪の旅は、今さっき、終わった」
「終わったの?」
みさきがとても怪訝そうな眼差しを向ける。
「うん。だから、もうどこにも行かない」
「うん」
「長らく待たせてごめん。……僕と、結婚して、くれるかい?」
「え、と……」
眼をぱちぱちさせながらみさきが言葉に詰まる。
「みさき?」
「……うん」
何故か頬を赤らめて、みさきが頷いた。二人して初々しく照れながら、パトカーの方に向かった。
14
「星李!」
唐也が声を掛けても、星李は目を開けない。ならば、と、唐也は星李の上にかがみ込んだ。
―――人工呼吸を使ってでも、起こす。
「お前なぁ!」
すぐ傍に、星李の群青の瞳があった。
「星李!」
「何でここにいるんだよ!」
「何でって……」
星李の言葉の意味が分からず、唐也が少し焦ったように手をパタパタ動かす。
「お前、ここにいちゃ、駄目だろ」
「え?」
不意に、星李が呟く。
「華音が、いるだろ?」
「それはね……」
「別に、止めないさ。お前が、華音が好きなら、そっちに行けばいい」
表情を作らず、星李が言葉を続ける。
「別に、あれは二股とか浮気とかじゃなくって……」
「いいさ。別に。二股とか浮気とか、そんな表現使わなくたって」
「星李」
「……ただ、私が、身を引けばいい」
「星李!」
唐也が、不意に、星李の顔に、自分の顔を近づけた。そのまま、彼女の唇に自分のそれを、押し当てた。
「……!」
一拍遅れて、星李が自分の置かれている状況を悟る。数秒の後、唇を解放すると、思い切り抱きしめて、囁いた。
「僕が恋人として愛せるのは、人生を一緒に過ごしたいと思うのは、星李だけだよ」
「とう……や」
「だから、」
ポケットから小さな箱を取り出して、開ける。中から、銀色に輝く指輪を出して、星李の指に、はめた。
「僕と、結婚して下さい」
聞くなり、星李がきゅう、と目を瞑った。
「……Yes, sir……」
「ありがとう、星李……」
酷い出血のため、歩くことすらままならない彼女を抱き留めて、唐也は呟いた。
もう、二度と離さないから。
15
「真……」
「よかった。とりあえず、意識はあるんだね」
気づけば、真の顔が、真後ろにあった。普段は彼の襟首を暖めているふわふわした襟巻きが、玲の肩に掛けられていた。
「もう、温かくないかもしれないけど……」
そう言って、真は目元を拭った。
「……真」
「?」
「雪城……は?」
「最期まで、頑張ってくれた」
「そっか……」
龍霊も、雪城も、どんなに呼んだって、もういない。
「……でも、最初から、覚悟していたことだった」
「え?」
玲が、真を見上げる。
「俺は、白神大社で、雪城と、父に誓った」
「……」
「玲を、命掛けても、守るって」
「!」
―――憑いてしまったからには、玲さまを、命掛けても、守ります。
玲の脳裏に、去来する、思い出。
「やだっ!」
「玲……」
守る守らないとか、そう言う事じゃなくて、傍にいて欲しい。そんな想いが、湧いてきた。
一度は、望む未来を諦めた玲が、その想い故にここまで来ることが出来たのも、事実だから。
「俺が、いつも傍にいるから」
「うん」
「ずっと、一緒だ」
「うん」
「玲」
「うん」
「愛してる」
「……私、も……」
「俺を、君の、旦那にして欲しい」
「うん……」
血塗れ故か、龍霊を喪ったせいか、玲が、春の淡雪のように、酷く儚く見えて、真は、きつく、彼女を抱きしめた。
もしかすると、龍霊が、雪城が、2人をここに導き、恋を成就させたのかもしれない。確認するすべもないが。
2人の心に空いた空間は、互いによって、埋められていくのだろう。
ずっと、ずっと、永遠に続く、愛によって。
宮殿の外は、雲が晴れて、柔らかい橙色の光が広がっていた。まるで、ここに集った、全員の辿る道を照らすかのように…………。
16
その後、玲達は緊急でアクアローズ国際総合病院に入院させられ、三週間ほど、そこで過ごした。
そして、先ほど、ため息を吐きつつ退院を許可した海月有内科医に見送られ、退院した。
「いいですか?先生も刑事さんも、これに懲りて、二度と無茶をしちゃ駄目ですよっ!」
「あぁ、わかったわかった。お前の言い分は、あれだろ」
再三注意を促す有に、星李がひらひらと手を振って答える。玲が、後を取った。
「三週間も、お仕事に差し支えるんですからね!でしょ?」
「龍河さんも!ちゃんと解っているんですか!?」
「大丈夫よ。玲も、私達も、解ってるから」
みさきが苦笑しながら返す。
「ほんとに僕、嫌ですからね!」
「あぁ、はいはい。ご苦労さん」
紅音が適当にあしらう。
「お嬢様がた、車をお出ししてもよろしいでしょうか?」
恵が、いい加減待ちくたびれたように割って入る。
「ああ、ごめんごめん。今行くわ」
みさきが、後部座席に乗り込む。玲達もそれぞれ、御用達車に乗って、出発した。

式神に、或いは、宿命によって、巡り逢い、惹かれ合った。大切なものを喪ってまで、最期まで共にありたいと願った。
季節はもうすぐ春。まだ開けやらぬ冬のカーテンの中から、まだ見ぬ未来を望んでいこう、と思う。
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